動作(3)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「動作」(3)
さあ、まとめにはいるわ(もうあきてきたからな)。
誰かの車に乗って、ラジオをつけると、好みの局やボリュームがわかる。誰かの後にトイレに入ると、ウォシュレットの好みの水流をわかる(奥さん、いやらしいこと考えているやつがいまっせ。こんなん、家に呼びなはんなや!)。
とにかく、動作ゆうもんは、その人の「人間」をあらわす。しかし、まわりのもんのプライドを傷つけることもある。プライドゆうたら、生きているうちに身につけてきたもん、「人生観」とか「物の見方」とかゆわれるやつ、「趣味」も入るやろ。それに合わないと、みんないらいらするわけや(相手の小さな動作ほど気になる)。
宇多田ヒカルが、テレビのインタビューで、「飯(めし)食いながら、パソコンする」とかゆうといらいらする。「だあれもそんなことで怒らへん、天才は凡人とちがうんやから」ゆう意見もあるやろ。確かに、あの「泣き声」とリズム感は独特や。帰国子女は、日本語の敬語は苦手やとゆうし、まわりも売上げのことを考えて何も注意しぃへんのやろ。それじゃ、ぼくもこれ以上ゆわへん。
それから、家族の前で、尻から、ぷっぷっゆわして平気なもんがいる。
「屁をひって おかしくもなし 独り者」ゆう江戸時代の川柳があるが、一人やったら何をやってもええのやけど、家族の中には、情けなくなるもんもいる。
ぼくの父親がそうで、ぼくと父親との関係はここが原点かもわからん(誰かゆうとったけど、全員が、くちゃくちゃ音を立てて物を食べる家族もいるらしいけど)。
先日、居酒屋の開店割引券をもらった。そこは、ようするに「ろばた」で、午後7時ごろやったけど、乳児、保育園児、小学生と子供連れが多かった。
若い母親が、乳児を抱きながら、連れの女3人と飲んでいたけど、全員たばこプカプカや。よその子供は、走り回っている。もう「電車の中の化粧」どころやないな。
注意しても、結局、「何か迷惑かけました?」とゆうところに行きつくやろ。
親の顔を見たいゆうても、その親も同じことをしている時代や。ぼくが、よう引きあいに出す「父性の復権」ゆう本は、社会から、父性(厳密には父親とちがうらしいけど)がなくなってきた。それで、子供は社会規範を教えてもらっていないから、電車の中で化粧したり、町中でへたっても、なんも恥ずかしいことないゆうことが書いてある。
そろそろ母性も考えんとあかんのんとちがうか。「母性は、どこへ行った」や(だいたい、男は化粧せえへん)。
父性、母性ゆうても、男女ともに持っているようやけど、今は、その父性、母性がはっきりしなくなっている時代やと思う。何でそうなったかゆうと、ここだけの話、女に自信がついたからやろな。生活には困らへん(年収が1000万円以上の女は、なんぼでもおるらしい)。そして、車とパソコンがあれば、恐いもんなし。
身長が170センチ近くあっても、まだハイヒールを履いて闊歩する。40代の女向けの雑誌がどんどん創刊されるはずや(男は、文春と新潮のままや)。
もうすぐ、母親が、家の中で、ぷっ、ぷっしながら歩く時代が来るやろ。「ママったら!」
もう父性とか母性とかゆわんで、親は、家の内外関係なく、「お前と同じように、相手もプライドがあるから、動作には気をつける」ことだけを教えたらええのや。そして、プライドを傷つけたらあやまること。動作のないこっちゃ。

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