お盆帰省列車

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(56)

「お盆帰省列車」
突然、「あんた、関東の生まれだね」という声が響きました。
おしゃべりをしていた2人の男がその声のほうを見ました。「ああ、義三じいさん、どうしたんですか?」年上の男のほうが聞きました。
「悪いと思ったけど、話を聞かせてもらったよ」義三じいさんと言われた男は、80過ぎているようですが、それには答えず、「わしの目は節穴じゃない」と芝居がかった調子で続けます。
「あはは。聞くほどの話じゃなかったでしょう」と答えましたが、義三じいさんの目がじっとこちらを見ていますから、仕方なしに、「ああ、そうです。ぼくは栃木県生まれです。納豆は大好きでした。疲れたときは、2つ、3つぺろっと食べたものです。うまいよなあ?」と答えてから、若い男に同意を求めました。
「ぼくは福岡県ですが、納豆は好きでしたね。ごはんにかけるだけでなく、サンドイッチに
挟んでもいけるし、わさびと醤油で和えて、さいの目にしたアボガドを混ぜると、酒にあいますよ」
「そりゃ、うまそうだ。ここへ来る前に食べときゃよかった」中年の男は明るく言いました。
「何がアボガドだ、アホクサ!上方では、あんな腐ったようなものを食べないぞ。大体、糸を引くようなものを食卓に乗せるのは、相手に失礼だ」
「でも、よく知っているじゃないですか」若い男が言いました。
「戦友が田舎からもってきたので見たことがある。でも、勧められたが断った」
「おいしいだけでなく、健康にもいいんですよ」
「それじゃ、どうしてこんなに早く来たんじゃ?」
「交通事故にあったから仕方ないじゃないですか!」
今度は、2人の男のほうが気を悪くしたので、雰囲気があやしくなりました。
「まあまあまあ。義三じいさんは、今流行りの言葉を使いたかっただけなんで、悪気はありません」と言いながら、間に割りこんできた男がいました。
年は70ぐらいですが、満面の笑みでその場の空気を和やかにしようとしているようです。
「ところで、義三じいさん、最近のはどうですか?」
義三じいさんは、すぐに気分を変え、「いつするんですか。気が向いたときでしょ」と言いました。2人の男も思わず笑いだしました。
「それはおもしろい。『今でしょ』ばかりじゃ、あきますものね」仲裁男は解説をしました。
「わあ、たくさん鳥がいるなあ。サギという鳥がどれだい?それを聞いたサギは、『オレだ。オレオレサギ』」
「わははは。うちのかあちゃんがひっかからないように祈っていますよ。もっとも、通帳はスッカラカンでしたがね。おれが競馬ですっちゃったから」
2人の男も大笑いしました。義三じいさんもスイッチが入ったようです。
「ダジャレばかりでは若い人に嫌われる。きみたち、『AKB48』と『ももクロ』と、どっちが長続きすると思うかね」と聞きました。
「いや、ぼくらがここに来るときは、どちらもデビューしていませんでしたからわかりませんよ。今、こんなのが流行っていると義三じいさんから聞くだけだから」と若い男が弁解しました。
「それじゃ、壇蜜はどうじゃ。エロいぞ、わしは白川和子が好きだったが」
「ダンミツって、ダンが名字で、ミツが名前なんですか?」中年の男が聞きました。
「そうそう。それで、壇蜜。団玲子の姪だ」
「そうなんですか。でも、ミツとは古臭い名前だなあ」
「そんなことはどうでもいい。インタビューを受けながらも、パンツを見せるんだ」
「へぇ、今はそんなことをしているんだ」若い男はあきれました。
でも、笑いが取れないと思うと、義三じさんは疲れてきたようです。
「早く壇蜜が来ないかなあ。むにゃむにゃ」と言うと、そのまま眠ってしまいました。
「いずれ来るけど、そのときはおばあさんだよ」
「でも、今のことをよく知っているなあ」
「新入りが来ると、なぐさめるふりをして、今流行っていることを聞くんだよ」仲裁男が暴露しました。「わしが知らないから、でたらめを言うことがあるけどね」
「さあ、もうすぐ娑婆に帰ることができる。おれも、精一杯流行っていることをおぼえて、義三じいさんをぎゃふんと言わせてやる」と若い男が言いました。
「『去る者は日々に疎し』とはよく言ったものだなあ。生きている者が遠くになれば興味がなくなってきたよ」中年の男が答えました。
「確かに四苦八苦の娑婆には、二度と戻りたくないだろうが、知っている者に年に一回ぐらい会っても罰が当たらんよ」仲裁男が言いました。
ここは娑婆行き列車の待合室です。娑婆からは毎日24時間到着するのですが、出発するのはお盆だけですので、やりくりに時間がかかるのです。
あつ、ベルが鳴りはじめました。大勢の人間が立ち上がりました。子供のうれしそうな声がします。
仲裁男は、ぐっすり寝ている義三じいさんを起こし、4人で待合室を出ていきました。
もうすぐ、さまざまな思いを込めたお盆帰省列車が出発します。

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