田中君をさがして(18)

      2016/04/05

そのなかに、夜、口笛を吹くと、魔ものを呼び寄せるという言い伝えがあったことを思いだしました。
その本には、経験から出てきた迷信やことわざも多くて、科学的に説明できるのもあると書いてありました。
それで、今は、夜ではありませんが、そういうものが出てくると怖いので、口笛は、やめようと決めました。
でも、まだ、しびれているようだったので、足を高くしたり、声を出したりしたかったけど、それが、みんなにわかると、弱虫のように思われるかもしれないと考えながら、進みました。
ようやく、霊安室も過ぎ、出口が近づくと、ホッとしてきました」と答えた。
「みんな、それぞれよくがんばったと思う」と、パパは、咳払いをしてから、話した。
「これから、きみたちの前には、たくさんの道があって、どれを選ぶかは、自分で決めなければならない。
もちろん、今進んでいる道をやめて、あの道に行こうと思えば、引き返すことができるから、ゆっくり選んだらいいのだ。
しかし、選んだり、選びなおしたりするためには、勇気が必要なんだ。
勇気というものは、心に寂しさや悲しさがあれば、それから逃げずに、ちゃんと向き合うことから生まれるものだ。
とにかく、見るということが大事なんだ。自分だけでなく、まわりの人やものを、ちゃんと見ることできたら、一人前の大人になれるのだ。しかし、これは、経験と時間が必要だ。
おじさんは、きみたちが、立派な大人になることを願っているよ」
みんなは、うなずいた。ぼくは、今、なにか儀式が行われているような気がした。
「じゃ、終わろうか」と、パパは言った。
3人は、「ありがとうございました」と言った。
ぼくも、あわてて、その挨拶に合わせたが、パパは、「こちらこそ、ありがとう。おじさんが無理に頼んだのだから」と言って、立ち上がった。
ぼくらは、帰ることにした。
イスを片付けて、壁に立てかけた。そこから、3人のマネキンは、ぼくらを見ていた。
ドアから、外に出ると、まだ明るく、暑かった。
むずかしいテストが終わったときのように、ぐったりした。
そのとき、学校のチャイムが鳴った。それは、催眠術をとく合図のようだった。
あちこちの枝から、鳥の鳴き声が聞こえた。
パパは、中から鍵をかけて、横の破れた窓から出てきた。
そして、パパが、先に、門のところへ行って、道に、人の気配がないか様子をうかがった。もちろん、この道は、だれも通らないということはない。車や自転車も通るし、ときおり人も通る。だから、出るときは、少し注意しなければならないのだ。
パパは、用心深く横棒をはずして、目で、「出るように」合図した。
ぼくらが出たとき、自転車に乗った人とぶつかりそうになった。
自転車は、急ブレーキをかけたので、あやうくこけそうになった。
ぼくらは、「あっ」と叫んだ。自転車は、少しふらついたが、何とか持ちこたえた。
その人は、ぼくらが、学校から帰るとき、よく、商店街の酒屋で、赤い顔して、店の人たちと話しているおじいさんだった。
おじいさんは、声を上げることもなく、向こうに行ったけど、ぶつかりそうになったことより、病院から人が出てきたことが信じられない様子で、あいかわらず、赤い顔で、こっちに振り向いた。目を白黒しているようだった。
「あのおじいさんでよかったな」と田代が言った。
「自分が、夢を見ていると思っているかもしれないよ」と、吉野が応じた。
それから、4,5日にして、同じクラスの岡崎が、昼休み時間に、ぼくのところへ来た。
「小林、ちょっと話があるんだ。ぼくらも大人になりたいんだよ、パークサイド病院の仲間に入れてくれないか」とささやいた。
ぼくは、びっくりした。
「あれは終わったことだし、ぼくにはわからないから、パパに聞いておくよ」と答えた。
その晩、そのことを、パパに伝えた。
「パークサイド病院に行きたいという友だちがいるんだ」
パパは、びっくりしたような顔をした。
「おまえが言ったのか?」
「いや、ぼくじゃないが」
「じゃ、今度の日曜日に、時間を作るよ」
午後3時に、岡崎、西本、関口、西田、鈴木の5人がきた。
前と同じように、パパとぼくは、5人を連れて、病院の中を案内した。
ぼくは、観光地のガイドのようだった。
パパは、最初に、人のことを気にせずに、怖くなったら、すぐに帰ってくるようにと注意した。
岡崎、西本、鈴木が一回りでき、関口、西田が、途中で引き返した。
また、最後に、一人一人に感想を聞き、「生きる」ことについて話をした。
2,3日後に、杉本、田原、向井が来た。向井は、女子だ。
また、パパに取り次いだ。
「仕方がないな」とパパは、約束した。
その日は、3人とも、一回りできた。
向井は、感想を言った後、「おじさん、ありがとう。私は、今度、パパの仕事のために、
アメリカへ行くことになったの。それで、友だちと分かれるのが、とても悲しかったんです。

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