シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、すばやく体を伸ばして、どこにニンゲンがいるか確認した。
ボートのようになった機体の一部には、白人の老人と老婆、白人の中年女性、アジア系の少女、白人の青年がいた。しかし、青年はひどくケガをしているようで、頭にタオルのようなものを巻いていた。しかも、昨日から動かなくなったということだった。
白人の女性がそのそばについていた。
筏のような形の大きな荷物の上には、50代の黒人の男性と白人の少年、アジア系の若い女性がいた。
少し小さい荷物の上には、アジア系の老婆と白人の少女がいた。白人の少女は、攻撃されるたびに激しく泣くということだった。今は、目を丸くしてオリオンの話を聞いていた。老婆も、数日前から横になったままで、今は目を開けていなかった。
もっとも小さな荷物には、60代のアジア系の男がいた。
オリオンの話を聞いている者も、ほとんどケガをしているようだった。
「みなさん、お気づきのように大群が攻めてきます。やつらを欺くために、誰もいない荷物を、皆さんがいるように見せかけましょう。早く服を脱いで、その中に何か入れてください」
ニンゲンは黙って動こうとしなかった。
「時間がありません。急いでください」オリオンは急かした。
その声でみんな我にかえったように服を脱いだ。もはや立ち上がることができないニンゲンは、手助けを受けて上着などを脱いだ。どれも血に染まっていた。
そして、上着にシャツやズボン、または近くにある小さいものを詰めてくくりつけた。
そのとき、指揮官が、「オリオン、すまないが1人でニンゲンを運んでくれないか。おれたちは、敵を迎えうつ」
部下は、ダミーとなる機体の一部や荷物を運んできた。
「わかりました」オリオンは、そう答えると、ニンゲンのほうに向いた。
「わたしがあなたたちを運びます。それで、1人の方は、5人のところに移ってください。
2人の方は、3人のところに移ってください」
それを聞いて、指揮官や部下が、1人乗っているものを5人のところに、2人乗っているものを3人のものところに運んだ。
アジア系の老婆は意識も薄れているようで、60代のアジア系の男が抱きかかえた。荷物が大きく揺れた。それを見て、黒人が荷物をおさえた。
ようやく老婆と少女を3人のところに移った。
それを見届けて、指揮官や部下は、ニンゲンのダミーが乗っている荷物を押していった。
オリオンは、さらに続けた。
「みなさんのベルトを一つにつないでください。そして、ネクタイをお持ちの方は、それを輪にして、ベルトの先につけてください。わたしがそれをくわえて引っぱります」
そして、機体のボートと荷物は、まだ敵を棒で追いはらう元気が残っている白人の老人と2メートルはある50代の黒人の男がシャツの両端を持つことによってつながった。
どのニンゲンも、オリオンが指示をした仕事を、うなずいたり、目で合図をしたりして進めた。
オリオンたちが、なぜニンゲンの言葉をしゃべるのかという疑問は消えてしまい、同じ人間のように思っていたことだろう。
近づいてくる波の前には、司令官や部下がダミーの荷物を配備した。遠くからでも、誰かが乗っているように見えた。
やがて、一つの大きな波が5つ、6つに分かれ、荷物にぶつかっていった。
荷物は、大きな波とともに空に舞いあがった。それぞれの荷物から、ニンゲンのダミーが空中に飛びだした。それらに小さな波が向っていった。
シーラじいさんは、オリオンの後を追いかけながら、それを見ていた。
「トロイ作戦は成功のようじゃな」と思ったとき、5つ、6つに分かれていた波は、一つに収束をはじめて指揮官のほうに向った。
「どうやら、一杯食わされたことがわかったな」
指揮官たちは、オリオンがいる方角と反対のほうへ向った。
「敵をニンゲンのほうへ向わないようにしたのじゃな。改革委員会のリーダーが、やつを指揮官としたはずじゃ」
指揮官たちはかなり遠くまで行ったようで、シーラじいさんからは、はっきり見えなくなっていた。ときおり波しぶきが、あちこちで上がった。何十といる敵に、6人で立ちむかっているのだ。
オリオンは、口に2,3本のネクタイを輪にしたものをくわえ、懸命に泳いだ。
ニンゲンは、ようやく自分たちを助けるための決戦が行われていることがわかったようだ。。
「おれは、神なんか絶対いないと思っていたが、今日から神がいることを信じるよ。
それも、陸よりも海のほうにね」
シャツを持ちながら、黒人の男が叫んだ。
「わしも同感じゃ。サメやイルカが何回も攻めてきたときは、飛行機が落ちても死ななかったのに、こんなことで死ぬのかと思うと、わしはどんな悪いことをしたのじゃと考えたもんさ」
シャツの反対を持つ白人の老人が片手を挙げながら、大声で黒人に言った。
「あなた、このおじょうちゃん、お腹が空いて死にそうよ。どうして助けにきてくれないの」
老人のそばにすわっている老婆が聞いた。
「メリー、イルカたちがわしらを助けてくれているじゃないか。もう少しの辛抱だ。
敵を追っぱらってくれたら、今度はわしらを探しているヘリコプターから見えるところまで運んでもらうよ」
老婆は、少女を抱きしめて、「もう少しよ」と声をかけた。アジア系の少女は、うつろな目であったが、小さくうなづいた。
そのとき、白人の少年が、「あっ」と叫んだ。指さしたほうを見ると、3本の波がこちらに向っていた。少女がまた泣き出した。アジア系の女性が、「大丈夫よ」と声をかけながら少女を抱きしめた。
ニンゲンがいることがわかったようだ。やがて、その向こうからも、何十という波が一つなりこちらに向っていた。また、その後ろからも、5,6本の波が追いかけていた。
「おいおい、こいつはやばいぜ」黒人の男が叫んだ。
「メリー、これを持ってくれ」老人は、シャツを妻に渡した。
自分は、敵に向おうというのだ。黒人も、アジア系の女性にシャツを任せた。
機体の船には、老人とアジア系の男、大きな荷物には、黒人と白人の少年が敵を待ちかまえた。

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