シーラじいさん見聞録

   

じっと目を凝らしていると、黒い棒のようなものが出てきた。それからすぐに海面が盛りあがった。
大きな物体から水が流れ落ちると、二つの白くて丸いものが浮かびあがったと思うまもなく、もっと大きな白いものがあらわれた。まるで、暗闇に穴があいたようだった。
そして、それは、シーラじいさんたちの方に静かに近づいた。
オリオンの友だちとわかっていたが、その大きさに驚いた。まるでちいさな丘のようだった。体長も3メートルはあるかもしれない。
よく見ると、最初に出てきたのは背びれだ。それは、小高い丘の上から高くそびえている。
二つの白くて丸いものは、眼の上方にある、シャチ特有の模様だ。あごから腹にかけて白っぽいようだ。
これで、まだ子供の体なのかと思っていると、「遅れてしまって」と恥かしそうに言った。
少年は、誰もがシーラじいさんを敬愛しているのを知っているので気後れしているようだ。「ご苦労様じゃたな。オリオンから聞いていたのにすっかり忘れていた。耄碌(もうろく)したもんだ」シーラじいさんは、その場の緊張を解こうとした。
少年は、少し笑顔になった。しかし、どう答えたらいいのかわからないようだった。
「早速じゃが、おまえの名前はべテルギウスと決めた」
すると、すぐに顔の表情が変わった。
「ベテルギウスか。何だが強そうな名前だ。もうすぐ訓練も終るので、この名前があればどんな敵が来ても大丈夫だ」
少年は、喜びをあらわすかのように胸びれで海面を叩いた。
「そんなに喜んでくれるとは、わしも考えた甲斐があったというものじゃ」
シーラじいさんは、少年の喜ぶ様子に目を細めた。
「シーラじいさん、これはどういう意味ですか」オリオンもうれしそうに聞いた。
「おまえの名前になったオリオン座を形作っているホシの一つじゃ。
とても大きなホシで、オリオンの右肩のところにある。
しかも、元気な心臓が力強く脈を打つように明るさが変わるのだ。オリオンを励ましてくれた、やさしくて強い心にちょうどいいと思ってな」
シーラじいさんは、シャチの少年を見ながら説明した。
「シーラじいさん、ほんとにありがとう」
自分の気持ちを素直にあらわす少年の様子は気持ちがよかった。それは、オリオンといしいっしょだと、シーラじいさんは感じた。
「ベテルギウス、いつまでもオリオンのことを忘れないでくれよ」
シーラじいさんは思わず言った。
「大丈夫ですよ。ぼくらはかけがえのない友だちです。
ぼくは、オリオンが早く訓練を受けるように願っているんです。そうしたら、争いが起きたら、いっしょに戦いますよ。ぼくらは、今までで一番強い戦士になります」
ベテルギウスが目をきらきらさせながら話すのを聞いていると、このまま黙っていることはできないようになった。しかも、また会えるかどうかもわからないのだ。
「ベテルギウス、せっかく仲よくなったのに、おまえに話しておきたいことがある」
ベテルギウスは、顔をこわばらせた。
シーラじいさんは構わず話した。
「実は頼まれていることが終ればここを出ようと思うんだ」
「オリオンは?」
「オリオンもいっしょに」
ベテルギウスの顔は一気に曇った。
「どうしてですか。オリオンは、神の子で、ゆくゆくはぼくらのボスになるのじゃなかったのですか」
「まず、親を見つけなくてはな。それからまたここに戻ってくることもできる」
「そうですか。でも、少し訓練を受けてからでは遅いですか」
聡明な少年だ。自分の感情を押さえ、すぐに状況の変化に対応できる。
オリオンと別れないためにはどうすべきか懸命に考えている。
この少年がオリオンのそばにいれば、オリオンも立派な青年になるだろう。
シーラじいさんは、オリオンを見た。話のやりとりをじっと話を聞いていた。
「外はひどく物騒になっているらしいです。先生は、おまえが訓練を受けている間にも、争いが増えている。またおっちょこちょいなことをしたら、自分の命どころか、みんなも無事ですまないだろうと言っています。
それで、ぼくは、特に連携動作の訓練を受けています」
オリオンは、ぼくも受けてみたいがという顔でシーラじいさんを見ていた。
ベテルギウスは、それを加勢としたかのように話つづけた。
「パパを殺された子供が、その敵討ちにきたらしいんだが、そのまま岩の奥に閉じこめられているようなんだ。
ぼくらの先輩は、毎日そこを通るんだけど、敵がうじゃうじゃいるから、今もそのままらしい」
「助けられないの?」オリオンは口を挟んだ。
「助けてやりたいけど、両方から仲裁の申し出がないかぎりできないんだ。
何でも、どこかのおじいさんと少年が敵を追っぱらってくれたんだけど、また来るようになったんだって」
オリオンは、シーラじいさんを見た。

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