シーラじいさん見聞録

   

何か大きな動物が休んでいるだけかもしれない、うっかり近づくと危ないと思って、しばらく様子を見ていた。
しかし、何時間たっても動こうとしない。ただ漂っているだけのようだ。
シーラじいさんは、それから10メートルほどに近づいた。かなり大きかったが、あまり厚さがなく黒っぽいものだった。
しかし、今まで見たことがなく、何か見当がつかなかった。
さらに近づいた。しかし、よくわからない。今度は、潜って、真下から近づいた。
どうやら死んでいるようだ。よく見ると頭の部分はなくなっていた。
黒っぽいものがはだけて、白くて細長いものが見えた。骨だ!黒っぽいものは、皮ではない。体についているものとは違うものだ。これはニンゲンが着ているものだ。すると、これはジムか!しかし、首がなくなっているので、顔がわからない。
ジムは、こんな黒っぽい服は持っていなかったはずだ。トムかマイクの服に着替えたことはありうるが。
シーラじいさんは、さらに近づいて、様子を見た。
何者かにかじられているが、骨には肉がかなりついている。どうしたんだろう。こんなごちそうがあれば、そっくり平らげてしまうものだが。
食事中横取りする者が来たので、それと戦っているのだろうか。そうすると、勝ったほうが戻ってくるかもしれない。血がながれていないところを見ると、かなり遠くから流されてきているのかもしれないが。
これがジムなら、何が起きたのだろう?
シーラじいさんの頭には、悪い場面が続いた。
ジムから、何か大事なものの隠し場所を聞き出したトムとマイクは、ジムがいなければ取り分が増えるし、オリオンのこともあって、ジムを殺した。そして、全速力で、それを取りに向ったのだ。
すると、オリオンはどうしたんだろう。まさか殺すことはあるまい。たかがイルカと思っていたのだから。
シーラじいさんの頭は真っ白になった。

ああ、ジム。何というかわいそうな青年よ。子供のとき、父親が殺され、母親もどこかへ行ってしまった。
二人の弟は、善意ある人に引き取られたというのに、ジム一人路頭に迷うことになったのだ。
ようやく多くの人々の深い愛情に包まれるのもつかの間、悪の道に誘う誘惑と戦わなければならなかった。
そして、我ら海上で知りあい、交情を重ねていくにつれ、その心は、生来の輝きを取りもどしつつあった。
まさしく人生は航海なり。それにしても、こんな無残な姿で人生を終えるとは!
無垢の心よ!その母なる海に抱かれて永久(とわ)に眠れ。

シーラじいさんは、思いの丈を吐きだすと、ジムの恥かしそうな笑顔が浮かんだ。
しばらく瞑目をした後、こうなっては、オリオンはどんなことでも探しださなくてはという思いが募った。

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