シーラじいさん見聞録

   

若いシャチは二人の話を黙って聞いていたが、リゲルは、「明日はいよいよ怪物を助ける。みんながんばってくれ」と声をかけた。
「全力でやります」若いシャチは口々にそう答えたが、実際に怪物の声を聞いたためか少し緊張しているようだった。
「今日のように、あそこを体当たりしてぼくが入れる隙間を作ってくれたらそれでいいよ。後はぼくがやるから」オリオンは緊張をほぐすように言った。
「怪物と二人になって大丈夫ですか?」一人の若いシャチが聞いた。
「ぼくの声で叫び声が変わったような気がするんだ。思い出してくれたかもしれない。そうであれば話は早い」オリオンの言葉にみんな安心したようだった。
翌朝、みんな集まった。若い者の体調もよかった。リゲルの合図で海底に向かった。
順調に進んだ。だからこそ、失敗は許されないという感情も生まれたかもしれないので、リゲルは若い者の様子を見るようにしていた。
山の中腹も通り越し、もうすぐ海底というところでオリオンが止まった。
若い者も止まった。すると、オリオンが引き返してきて、向こうに何かいるという仕草をした。ちょうど怪物がいる穴の方向だ。
しばらく様子をみなければならない。ゆっくり近づいた。穴のまわりにいる。どうしたんだろう?もし怪物に何かあればすべて台無しになる。みんなじっと見守った。
オリオンが進みだした。大丈夫のようだ。みんなもついていった。
穴に着いた。オリオンは振りかえって、「入るぞ」と合図した。
リゲルは左右を見た。そして、オリオンと若い者の後を追った。
オリオンは様子を見ながら奥に入った。ものすごい叫びが聞こえている。誰かいるのかと身構えたが動きはない。
どうして叫んでいるのか?ひょっとして今のものが入っていたのか。かなり敵意をあらわしてる。
オリオンは一瞬どうしようかと迷ったが、背後にいるリゲルや若い者に合図をした。そして、岩の下にぶつかっていった。
みんなもぶつかっていった。岩が動きだした。叫び声も大きくなっていった。
オリオンは体当たりをやめて岩の動きを見ていた。 
リゲルたちが力を合わせて何回か体当たりしたとき、オリオン岩の間に自分の体をこじいれた。そして、岩の向うに入った。
怪物の叫び声はさらに大きくなった。岩に何かぶつかる音がする。
「オリオン!」若いシャチたちが叫んだ。
「落ち着け!」リゲルが止めた。「オリオンは怪物を落ち着かせようとしているんだ。おまえたちが叫ぶと相手はますます興奮するじゃないか」
若いシャチは静かになったが、岩に当たる音は続いた。
オリオンは興奮して襲いかかってくる怪物からの攻撃から逃げながら、「ぼくだ。助けると約束したから来たんだ!」と叫んでいた。
しかし、怪物は暴れることをやめない。オリオンは、「ぼくを覚えていないのか。
ニンゲンがいる穴できみがぼくを助けてくれたじゃないか」と声を出しつづけた。
その声で、怪物はおとなしくなったようだった。オリオンはすぐに怪物に近づいた。
そして、「さあ。ここを出よう。ぼくが合図をすると外から岩を押してくれるから隙間ができる。そこから体を差し込んで外に出るんだ。外にいるのは敵じゃない。ぼくの仲間だ。つまり、きみの仲間でもある。だから、何も心配ない」と諄々と話しかけた。
怪物はおとなしく聞いているようだった。
「外の仲間に合図をするよ」オリオンはそう言うと岩に体当たりした。
しかし、それが伝わらないのか岩は動かなかった。すると、怪物が、先ほど自分がしたようにではなく、オリオンがしたような強さで体当たりをしだした。
すると、岩が揺れはじめた。「よし。リゲルは分かってくれたぞ。もうすぐ隙間ができるから、きみはその足を岩の隙間に入れて外に出ろ」と怪物に言った。
「今だ!」怪物は巨大な体を縮めて岩の下の隙間に足を差し入れた。「そうだ!岩を広げるのだ」
巨大な体に力を入れると、岩はみるみる動いた。怪物は外に出た。しかも、オリオンが出られるように岩を広げたままにしておいてくれた。
怪物とオリオンは無事に外に出た。若いシャチは怪物の大きさに驚いた。
大きさは自分たちの10倍はあり、眼は青白く光っているので海では敵なしと言われているシャチでも逃げるような威圧感がある。
若いシャチはリゲルとオリオンの後ろに固まっていた。
しかし、表に出てきたことにほっとしているのか、あるいはオリオンに言い聞かせられているためかおとなしく立っていた。ミラのようなクジラが立っているようだ。
しかし、若い者は落ち着きがなくなった。海面に上がらなければならなくなった。オリオンは怪物に近づいた。「きみを助けることができてよかった。ところで、
前にも言ったが、ぼくたちはときどき海面に出でなければ生きていけないのだ。
きみにニンゲンがいる場所を教えてほしいのだが、一度戻るよ。明日戻ってくるから待っていてくれないか」と言った。怪物はうなずいたようだった。
「ありがとう。きみだけが頼りだよ」オリオンたちは急いで戻った。
ようやく海面に戻ると、誰も一言も言わず死んだように浮いていた。海が赤く染まる頃までそのままだった。

 -