シーラじいさん見聞録

   

オリオンたちは急いだ。若いシャチにまわりに何か気配を感じたら、すぐに連絡せよと言ってあった。
また、調子が悪いときは無理をせずにすぐにもどるように念を押していた。
ようやく山頂を越して麓(ふもと)である海底に近づいた。
その時、若いシャチの一人がリゲルに来て、左を見るように合図した。
確かに下方の左側に何か動いているように見える。リゲルは、「ここで待て」と言ってオリオンに近づいた。
二人はそちらにゆっくり向かった。いくつかの影がゆっくり動いているようだ。あの大きさならクラーケンにまちがいない。
しばらく様子を見守ることにしよう。二人はそう決めた。若い者には無理をしないように言ってあるから大丈夫だ。
複数の影は止まったり、動いたりしたがしばらくするとどこかに行った。
二人はそのまま様子を伺っていたが、戻ってる気配がない。
しかし、余計な時間がかかったので、一旦戻ることにした。二人は、若い者が集まっている場所に行き、そう合図した。
海面につくと、疲れているはずなのに、「あれがクラーケンですか」と興奮して二人に聞いた。
「そうだ。あの大きさならまちがいないだろう」リゲルが答えた。
「あそこにずっといるのでしょうか?」他の者も聞いた。
「それは分からない。そうであっても隙を見て穴に入る」
「了解しました」若いシャチたちは体を動かして気合を入れた。
翌日、また海底を目指した。今度は何事もなくオリオンが見つけた穴の近くに近づいた。
リゲルとオリオンは入念にあたりを確認した。水に伝わる動きはない。
「行こう」オリオンが合図をした。二人は穴に向かった。若い者も任務に就いた。
もし何かがその穴の入ろうとしたら、陽動作戦を敢行して二人を守るのだ。その数が多ければ、二人ずつ分かれて分断する手筈も決めていた。
二人は穴に入っていった。出入り口は二人が同時に入れないぐらいだが、すぐに広くなっているのが分ったが、二人は、「これではセンスイカンは入れないな」とうなずきあった。「やはり、ニンゲンがいる穴ではない」
しかし、オリオンはここで何かの叫び声を聞いたのだ。しかも、それはなじみの声に似ている。
二人はゆっくり前に向かった。100メートルぐらい進むと突き当りになった。
オリオンは左側を示した。「この奥で叫び声が聞こえた」という意味だ。
しかし、その叫び声は聞こえない。どこからか泡の音が聞こえるだけだ。
あまり長居はできない。オリオンは突然壁に体当たりをした。リゲルも手伝った。
しばらくすると、向こうからも、ドンという音とともに、ウオーという叫び声が聞こえた。さらに、ウオー、ウオーという野太い叫び声が続いた。
二人は思わず後ろに下がった。「これだ!」オリオンはリゲルに合図した。
二人は戻ることにした。まず若い者を探して、「戻るぞ」と言った。
全員急いで海面に戻り、思いっきり空気を吸った。その後、若い者の意識はほとんどなくなくなった。緊張が高まっていたのだろう。
確かにオリオンとリゲルも、若い者に言葉をかかることもできないほどだった。
10分ほどしてようやく意識が戻ってきた。「あいつだな」リゲルが声をかけた。
「そうだろう?でも、どうして別の穴にいるのだろうか」オリオンが答えた。
「別の怪物か?」
「多分前のやつだと思う。別にいるようなことは言っていなかったような気がする」
「そうだったな。それならなぜあそこにいるのだろう?」
そのとき、若いシャチが集まってきた。「おまえたち。大丈夫だったか?」リゲルが聞いた。
「慣れてきたはずなのに、だんだん意識が朦朧としてきて何をしているのかわからなくなりました」
「そうだろう。頭は体以上にエネルギーを使うんだ。ただ動いているだけならすぐに慣れるが、頭を使うにはもっと訓練をしなければならない」
「よくわかりました。幸いクラーケンがあらわれなくて助かりました」
「ぼくらもそう思うよ」オリオンも若いシャチを励ますように言った。
「オリオン、どうして怪物と仲よくなったのですか?」一人が聞いた。
「仲よくなるまでにはもう少し時間がかかったと思うが、ぼくらを認めてくれたような気がする。分かれるとき、悲しそうにしてくれたから、今も覚えてくれているかもしれない。あのときの怪物であればだが」
「でも、どうしてそんなふうになれるのですか?ぼくなら逃げてしまいます」
「あのときは必死だったんだ。穴の奥から奇妙な信号が出ていたので、これは何かあると思ってどうしても奥に行きたかったのでね」
「オリオンは危険が迫ってきてもすぐに逃げない。まずそれがどんな危険なのか分析するんだ。それから行動を決める。
怪物のときも、どうしたらおとなしくなるか考えたと思うよ。それで、相手は認めてくれたのだろう」リゲルが補足した。
「すごいですね。今度はどうするのですか?」若いシャチが聞いた。
「もちろん怪物を助けるのですね」別の若いシャチが答えた。

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