シーラじいさん見聞録

   

「おまえたちの気持ちは分かった。これからは全員で海底をめざそう」リゲルは4頭の若いシャチに約束した。
「しかし、深海で何かを感じたらすぐに仲間に教えて、みんなで戻るんだ」
「リゲルとオリオンに報告しなくてもいいですか」誰かが聞いた。
「近くにいたら教えてくれ。しかし、わざわざ教えなくもいい。おれたちは何とかするから」リゲルが答えた。
「わかりました」若いシャチは答えた。
「それじゃ、行くぞ」リゲルが言った。「はい」若いシャチは答えて、リゲルとオリオンの後を追った。
静かだ。ときおり大きなものが動いているが、クラーケンのような大きさではない。しかも、リゲルたちに気づくとすぐに逃げる。
あっけなく海底に近づいた。若いシャチも順調についてきている。緊張がうまくエネルギーに変わっているようだ。
二人は若いシャチに声をかけることもなく、海底をめざした。
リゲルはもうそろそろ海底だなという合図をオリオンに送った。オリオンも、そうだと返した。
オリオンは気を落ち着かせてニンゲンがいるはずの穴を探した。しばらくしてリゲルにここだと合図した。それから、ぼくが入ってくるともう一度合図した。
リゲルは了解と合図して、少し上に上がった。
若いシャチが近づいてきていた。穴を見つけたので、おまえたちは戻れと合図してから、また穴の近くに戻った。
クラーケンがいたら、自分がおとりになってその穴から離れさせようとしたのだ。しかし、どんな動きもない。
オリオンは思い切って穴に入った。前は怪物がいたはずだ。しかし、静まり返っている。どうしたんだろう?
とにかく、このまままっすぐ行って突き当りになっているところにある横道を進めばすぐにニンゲンがいた「海岸」があるはずだ。
オリオンは急いだ。確かに突き当りはあった。しかし、左には何もない。右だったのか。右も探した。しかし、そこにも入り口はない。
時間切れだ!オリオンは戻った。リゲルが待っていた。リゲルも苦しそうだ。
戻ろう。二人は急いで海面を目指した。
海面に戻ると、先に戻っていた若いシャチが集まってきた。そして、「どうでした?」と聞いた。
息を整えたオリオンは様子を伝えた。「ひょっとして穴をまちがえているかもしれないんだ。申しわけない」
「これからどうしようか?」リゲルが聞いた。
「他の穴を探すよ。きみたちは待っていてくれたらいい」
「いや。今はクラーケンがいなかったからいいが、あらわれたら事だ。みんなでクラーケンを追っ払うよ」リゲルが言った。
「それじゃ、頼むよ。明日行こう」
それから毎日朝と夕方の2回海底に行くことにした。若いシャチには決して無理をしないように厳命した。
オリオン自身も焦ると感覚が鈍るので、海底に近づくとそこで落ちつくことにした。そして、同じ地形の場所がないか探した。
ただ、クラーケンと遭遇すると危険なので、まわりにも注意を払わなければならなかった。
幸い2回クラーケンらしきものを感じたが慌てることなく様子を見た。それがよかったのか相手が気づくことはなかった。
見つけた穴にはすべて入るようにしていたが、すぐに行き止まりになっていたり、センスイカンが入れそうにない狭い空間だったりした。
10日後、海底の高い崖が落ちるような形状の場所に穴を見つけた。
オリオンは、リゲルを待たせて、すぐに穴に入ることにした。入り口を入るとすぐに入り口の数倍の大きさの穴になった。
「ここだったのか!」オリオンは急いで奥まで行った。200メートルぐらい行くと突き当りになったが、左右のどこにも横道はない。
一度上がろうかと考えたとき、どこからか、ウオーという声が聞こえた。あちこち探したが、どうやら音は壁の向こうから聞こえているようだ。
オリオンは外に出た。リゲルが急いできた。オリオンが無事であることを確認すると、二人は急いで上がった。
「どうだった?」リゲルが聞いた。
「どこからか雄叫びが聞こえてきたんだ」
「雄叫び?それなら怪物か」
「怪物。そう言えばあいつの声に似ているように思える。でも、どうして出てこないのだろう?以前はすぐに出てきたのに」
途中から集まっていた若いシャチはオリオンの話に興奮した。
「そこがニンゲンのいる穴なのですか?」
「それがわからないんだ。突き当りのどちらかに横道があった。左だったと思うが、左にも右にもなかった。あんなに大きい穴を見落とすことないはずだが」
「それなら、もう一度行きましょう。ぼくらも連れていってください」
「おまえたちに言われなくても、オリオンはそうするよ」リゲルが笑った。
「今度はぼくとリゲルが穴に入るから、きみたちはクラーケンが来ないか見張っていてくれないか」リゲルが言った。

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