シーラじいさん見聞録

   

早くオリオンを連れてかえらなければならない。みんな必死でボートを押した。しかし、ときおり強い風が横から吹くことがある。ボートは転覆するほど激しく揺れる。若い者は慌ててボートを押さえる。
リゲルは、「あわてるな」と叫んだ。もしも転覆でもすれば、オリオンはともかく、ニンゲンである助手に何かあれば、取り返しがつかないことになるからだ。
なぜこうなったかかわからない。教授は助手に聞きたいだろう。動機が分かれば、教授としても、次何をすべきかすぐに決められる。動機が推測の域を出ないなら、次のことはあいまいになる。シーラじいさんは、物事には必ず因果関係があると言っている。だから、いつも冷静に見るんじゃと。
助手を見ると、動かないが死んでいるようには見えない。急がなければならないが、無理はできない。
「オリオンもニンゲンも、まだ意識が戻っていません。オリオンは同じ海の仲間ですから、大体今どういう状態か分かるのですが、ニンゲンはこのままで大丈夫ですか?」シリウスが聞いた。
「ぼくもそれについて考えていた。どうしても生きてつれてかえりたいが、このままでいいのかどうか」
「しばらく様子を見ましょうか」
「しかし、明るくなれば、ヘリコプターで様子を見にくるのはまちがいない。そのとき、助手が助けられて、どこかの国に連れていかれたら話はややこしくなる」
「このニンゲンはノルウエー人なんですね」
「そうだと思う。ニンゲンにとって、自分がどこの国のニンゲンかが大事で、国のためなら死んでもいいと考えるようだ」
「そうですね。今チャイナという国とアメリアという国が戦争をしていますものね」
「そして、どちらの国にも仲間の国がいる」
「助手がアメリアの国に助けられて、どうしておまえはチャイアの国に乗っていたのかと聞かれたら、助手はどう答えるのですか」
「そういうことだ。そのとき、オリオンのことを話したら大変なことになるだろう」
「アメリアがオリオンに興味をもって、アメリアに連れていくかもしれないし、またイギリスに連絡したら、イギリスはオリオンを取りもどすだろう」
「それじゃ、オリオンを教授の元の戻さないほうがいいですね」
「ぼくもそう思う。オリオンが戻ると言っても、ぼくは強硬に反対するつもりだ。
ニンゲンのためにがんばっているのに、ニンゲンの都合で振りまわされることをオリオンはどう思うだろうか?」
「オリオンはそれでもかまわないと言うかもしれませんが、オリオンが不幸になるのは目に見えています。ぼくらがオリオンを守ってやらなくては」
「とにかくカモメがシーラじいさんに連絡してくれているから、アントニス、マイク、教授とすぐに伝わるから、とりあえずみんな安心するだろう。今後のことはそれからだ」
教授は、マイクからオリオンとラーケが見つかったと聞くと、えっと驚いた。そして、「どこにいた?2人とも無事か?」と早口で聞いた。
「徐々に連絡が入るようになっていますが、まだしゃべられるような状態ではないようですが、死んではいないようです」
「どういうことだ?」
「2人が乗っていた船が攻撃されて沈没したようです。それで、2人とも海に投げだされましたが、浮いているところを助けられたようです」
「やはり船に乗っていたんだな」
「チャイアの船らしいです」
「チャイアにオリオンを売ったのか。でも、オリオンはよく助かったものだ。水槽に入ったままなら助からないかもしれないのに」
「とにかく2人は一緒にいたそうです」
「今はどうなっているんだ?」
「仲間が2人をこちらに運んでいます。もしラーケがどこかの国に救助されたらまずいというので、夜間に運んでいます」
「誰が?」
「オリオンの仲間です」
「人間か」
「ちがいます。海の仲間です」と言ってから、少し間をいて、「シャチやクジラ。イルカももいます」と話した。
「シャチ、クジラ、イルカ」教授は聞いたことをそのまま復唱した。オリオンは英語を話すことは分ったが、その仲間に別の種類の動物がいることは理解できなかったのだ。それで、「そんなニュースは流れていないな」と言った。
ジョンが、「この種のニュースは箝口令が引かれているようで、報道されません。
以前も、逆のこと、アメリアの船がチャイアの船に攻撃されて沈没したときも報道されませんでした。
今回はそのときの報復かも知れませんが、今回も当事者しか知らないままに終わるでしょう」
「それで、ぼくとジョン、それから、数人のニンゲンの仲間でオリオンとラーケを迎えに行ってきます」
「ぼくも行くよ」
「いや、教授はここにいてください。途中何かがあるかわかりませんし、大学の仕事をいつもどおりしてください。もちろん、状況はお知らせしますから」マイクが言った。
2人はすぐに港に向かった。アントニス、ミセス・ジャイロ、イリアスはすでに船をチャーターしていて、2人が来ればすぐに出発できるようにしていた。
操縦はマイクとジムが交代で担当することになった。船はトロムソの港を出た。

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