シーラじいさん見聞録

   

クジラはペルセウスを改めて見た。「おまえのような小さなのは見たことがない。おまえはひょっとしておれたちを攻撃している仲間か」と聞いた。
「ちがうよ。仲間のクジラを探しているんだ。かなりけがをしているはずだ。見かけたことはないか」
「クジラがおまえの仲間なのか?」
「そうだ。おれたちの仲間にはいろいろいる。みんなで戦っているんだ」
「戦っている?何と戦っているんだ」
「海で暴れているやつらと戦っている」
「まさか!」
「知っているのか」
「知らん。しかし、もし知っていたら、どうするつもりだ」
「もちろん、連れてかえりたいんだ。このあたりで見たという話を聞いたから、探しにきたんだ」
「知らない」
「そうか。そういうクジラを見たらおれに教えてくれないか。ずっとここにいるから」
「ほんとに仲間なのか?」
「そうだ。仲間だ。ミラのことはみんな心配している」
「ミラ?」
「名前だ。おれたちの仲間はみんな名前を持っている。おれもペルセウスという名前だ」
「わかった。見かけたら聞く。いつになるかわからないが」
「かまわないよ。毎日ここにいるから」クジラは姿を消した。
ペルセウスはリゲルたちにその話をしてから、「何か知っているような気がするんですよ。大体一人でいるクジラをあまり見たことありませんし、とにかくしばらく待ってみます」
4日後、ペルセウスがそこにいると、何かが近づいてくるのに気づいた。すぐに潜って様子をうかがった。
一頭のクジラが来て、目の前で止まった。「この前のクジラだ」ペルセウスはすぐそばまで行った。そして、言葉をかける前に、相手は「こっちへ来てくれ」と早口で言った。
ペルセウスも黙って後を追った。しばらく行くと、氷山と氷山の間で止まった。巨大な白い壁に挟まれたような場所だ。ここなら、気づかれないだろうが、こちらからも何も見えない。
クジラは、「もうすぐおまえに会いたいという者が来る」と言った。
「本当か。ミラが見つかったのか」
クジラはそれには答えず、「しばらくここにいてくれ」と言うと海面に姿を消した。
しばらくすると、海面の下でまた何かが近づいてくる気配があった。ペルセウスはそれに集中した。かなりの数がいるような気がする。まさかクラーケンではないだろうなと思った瞬間、海面が山のように盛りあがった。その勢いで、体が波に飲まれてごろごろと転がった。
ようやく態勢を整えて、何ごとが起きたのか見ようとしたとき、「ペルセウス!」という声が聞こえた。ミラだ!
「ミラ、元気だったか?」ペルセウスが叫んだ。
「元気だ。しかし、よく遠くまで来てくれたな。みんなは元気か?」と聞いた。
「もちろん元気だ。シーラじいさんとベラ以外はみんなここに来ているぞ。それに、カモメも大勢来てくれている」
「それは鳴き声で、仲間だなとすぐわかった。でも、ぼくの横に大勢いるので遠慮していたようで、上空で見守ってくれていた」
「ほら、カモメが早速知らせてくれたようだ。リゲルたちが来た」
確かに氷山を回って大勢こちらに急いでいる。「ミラ!」という声が上がった。それに続いて、「無事だったか」、「みんな心配していたんだ」と興奮した声が続いた。
ミラはそちらに体を向け、「久しぶり!連絡をせずに申しわけなかった」と答えた。
「そんなことはいいよ。しかし、ここにもクラーケンが来ているのだな」リゲルがミラのそばまで来て言った。ミラのまわりには、5,6頭のクジラが控えていたので、調子に乗りすぎるわけにはいかないと思った。
「そうなんだ。ここで静かに暮らしている者を襲った。そして大勢殺されたようだ」ミラも、リゲルの調子に合わせた。
「そうだったのか。センスイカンを襲っているのは聞いていたが」
「ぼくがここに連れらてきたときはひどかった。あちこちに死体が浮いていた」
「しかし、よくここまで来たなあ」ペルセウスが聞いた。
「意識が朦朧として泳いでいるとき、通りがかったクジラの一団が助けてくれんだ。そして、向こうならゆっくりできるだろうとここに連れてきてくれた。後からそう聞いた。
ここにいる者にも世話になったので、みるみる元気になった。あれだけのけがで回復するのは奇跡だと言われた。
昔パパから、はるか遠い海には白い世界があると聞いたことがあるが、ここだなと思った。
みんなのいるところに早く帰らなくてはと思いつつも、もう少しいたいという気持ちもあった。
ここの者と親しくなると、ここで大変なことが起きているのがわかった。大勢殺されたり、どこかに逃げていたりしたのだ。ラーケンが来ているとしか思えなかった。
そこで、ぼくは、若い者にみんなでここを守ろうと声をかけた。最初聞いてもらえなかったが、ぼくらが経験してきたことを話すと、教えてくれと言う者が出てきたんだ。
みんな自分の海を守ろうという意識が強いんだ。それで、戦術的なこともすぐに覚えてくれた。
調子に乗って、『攻撃は最大の防御なり』という、シーラじいさんに教えてもらった言葉を言ってしまったんだ。それで、みんなは攻撃する方法を教えてくれと言いだした」ミラは、まわりにいるクジラを見た。「ほんとはこんなことをしてはいけないんだがね」

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