シーラじいさん見聞録

   

「とんでもない。きみはすごいことをしているんだ、ミラ。話を聞くと、何もしないとここには誰も住めなくなる。よく若い者をまとめてくれた」
リゲルは、それから、最近アメリアが核攻撃をされたことを詳しく話した。それは、世界は、ニンゲンの世界は破滅寸前まで行っていることを意味するのだと強調した。
「それは知らなかった。それじゃ、オリオンはどうなるのか?」と聞いた。
「誰もがそれを心配している。おれたちだけではどうしようもないので、シーラじいさんは、アントニスたちと今後のことを相談している。ここは静かだけど、報復するのか、あるいは自重するのかで一触即発の事態になっている。その後のことは、シーラじいさんの手紙でわかる。
それと、この攻撃方法は文明を破壊するだけで、ニンゲンを殺さないと言われているが、宇宙に漂う核物質がゆくゆく海に落ちれば、おれたち海の者に影響が出るかもしれないそうだ。そうなると、長い年月の間におれたちも絶滅するかもしれないんだ」
リゲルの話を聞いて、ミラだけでなく、ミラとともに行動している若いクジラも顔を見合わせた。
リゲルは続けた。「クラーケンがここに集まってきていると聞いて、ひょっとしてこの核攻撃と関係があるのではないかと思っている」
「ほんとか!」ミラは驚いた。
「つまり、クラーケンもニンゲンの言葉がわかるだろう?つまり、核物質から逃れるためにここに避難しているんだ」
「でも、アメリアからもっと離れた場所のほうがいいのじゃないか」ミラは、出来事の流れがわかったようだ。
「いや、おれたちも苦労しているが、ここはものすごい向かい風だ。つまり、地上近くにまで降りてきた核物質は、どんどん南に流される」
「そうか。ここにいれば、影響はないというわけか」
「そうだ。自分たちは助かろうとしているんだ」
「なるほど。それにしても、海の生き物がいなくなれば、ニンゲンは絶滅するのじゃないか。シーラじいさんはそう教えてくれたが」
「そうだ。自分のことしか考えていないニンゲンがいるということだ」
「それなら、クラーケンは当分ここでじっとしている可能性があるな」
「まちがいない。しかし、このあたりでセンスイカンが壊されているんだ」
「クラーケンがやったのか?」
「誰がやったかまったくわからないそうだ。今まではクラーケンの動きはすぐに把握できたのに、それができない」
「作戦を変えてきたのだろうか。それも、今回のことと関係があるのか」
「多分」
「目立たないように攻撃すれば、ニンゲン同士が争うようになる。今回の後だから、もっとインパクトがあるかもしれない」
「最近見かけないはずだ」
「それなら、探すのを一旦中止するのも選択肢の一つだよ」リゲルは提案した。
ミラは背後にいる6頭の若いクジラを見た。みんな何か言いたそうだった。
「みんなは、クラーケンがどこにいるか知りたがっている。今は静かで、逃げている者が帰ってきても、いつまた攻撃してくるかわからない。そうなれば、以前よりひどいことになる。
今のうちに、どこにいるか把握しておれば、そこを見張っていて、出てくればすぐに逃げることができる。その任務は若い者がするはずだ」
「そうか。それはすばらしい考えだ。それに、ボスはじっとしていても、指示を伝える部下はこの近くを通るだろう。よし、おれたちも手伝うよ」リゲルは決心した。
「大丈夫か?」
「きみを見つけて連れてかえることが任務だけど、きみはここで自分の任務を遂行中だ。まずそれを手伝うのがおれたちの任務だ。
シーラじいさんにはカモメが知らせてくれるだろうが、賛成してくれるのはまちがいない」
そのとき、話の成り行きを聞いていた一頭の若いが前に出て、「ありがとうございます。何としても、家族や友だちがいる海を守りたいのです」と大きな声で言った。
「わかりました、一緒にやりましょう。おれたちは、長年クラーケンと戦ってきた経験がありますが、ここの海にはまだまだ不案内です。
お互い力を合せればどんな困難も怖くありません。おれたちも、最初クラーケンのボスや部下を見たときは怖気づきました。
何しろ、ボスはもちろん、部下も、きみたちぐらいの大きさなのですから。しかも、きみたちやおれたちとちがって、海面に出て呼吸をしなくてもいいのですから、圧倒的に有利です。
一対一では勝てないかもしれないが、勝つ方法はいくらでもあります。きみたちには失礼だが、大きいと小回りがきかない。そこをつくと、勝機が生まれるのです。
ただ、勇気がいります。おれたちの仲間で一番勇気がある者を紹介したのですが、残念ながら今回は来ていません。できるだけ早く会っていただくようにします。それまでは、おれたちだけでがんばりましょう」
六頭のクジラは、リゲルの話に感銘を受けたようだった。
「でも、リゲルはおれたちのリーダーだから、リゲルからしっかり訓練を受けたら大丈夫だ」ミラは若いクジラに声をかけた。
そして、シリウスやその他のシャチやイルカを紹介した。そして、唯一のマグロであるぺペルセウスを、「影のボス」だと称賛した。「みんなが困っていたら自分で動くんだ。今回もそうだし」
そのとき、すぐ上にいた数十羽のカモメが大きな声で鳴いた。「そうそう。まだ仲間がいたんだ」

 -