シーラじいさん見聞録

   

「おれたちも行きます」
「いや、おれが一人で行く。クラーケンを挑発しておれに向かわせる。その間にあいつを逃がす。
おれがこっちに来たら、おまえたちがばらばらに逃げてくれ。そうしたら、追いかけてくる数はどんどん減る。
カモメもあちこちに飛んでくれるから、そちらにつられていくやつもいるだろうから、もっと数は減るはずだ。これが作戦だ」
「わかりました!おれたちもやつらに一泡を吹かせてやります」
「じゃ、頼むぞ」シリウスはカモメのいる方向に向かって急いだ。
8頭の若い者はそれを見送った。「カモメの動きを見逃すな。シリウスが追いかけられてきたら、おれたちも行動開始だ」
「了解。やつらをあわてさせてやる」
シリウスは、あいつが近くまで来ていることが分かった。音がだんだん大きくなってきてからだ。
「よし、もう少しがんばれ。後はおれに任せておけ」そう言ったとき、何かおかしいと感じた。
音が大きくならないのだ。別の方向に逃げたのか。シリウスはそちらに急いだ。
影が見えたがこちらには来ない。シリウスはさらに近づいた。影は固まっている。血の臭いがする。「やられたか!」
10メートルぐらいまで近づいた。なぶりものにされている。あいつにちがいない。体がばらばらになっている。もうだめだ!
どうしよう。このまま作戦を続けるべきか。他に方法はないのか。シリウスは考えた。
おれがこいつらを挑発しても、かなりの数がいる。やつらはいきりたっている。若い者はうまくやれるだろうか。
この作戦の目的は何だ。オリオンが訓練をこなして、インド洋で深海に潜ることだ。それらを一瞬の間に考えた。
よし、おれがしばらく時間稼ぎをする。そうすれば、追いかけるクラーケンの数も減って、若い者もあせらないだろう。
シリウスは体がぶつかるほどまで近づき、「おい、今度はおれが相手だ!」と叫んだ。
10数頭のクラーケンがシリウスに向かってきた。
「そうだ。もっと来い」シリウスは叫んで逃げはじめた。突然向きを変えたかと思うと、そのまま潜り、それから一気に浮きあがった。さらに右左に動いた。
それを何度かくりかえして、若いものがいる場所の反対に行った。「さあ総仕上げ」今度は若い者がいる方向に向かった。
若い者もカモメの動きを見てシリウスの動きを追っていた。
シリウスとクラーケンの動きを知らせるカモメはもう50メートルぐらいに迫っていた。「シリウスやつらを引っぱってくれている。そろそろおれたちの出番だ。みんな行くぞ」、「了解」若いシャチやイルカは3メートル間隔で進んだ。そして、シリウスが見えたら、バトンタッチだ。
若い者はシリウスの背後に回った。そして、それぞれが反対に向きを変えてゆっくり逃げた。すぐ近くまで迫ってきたと感じると、一気に速度を上げた。そして、それぞれが左右に動いたり、上に行ったり下にもぐったりした。
リゲルは、自分を担当するカモメとクラーケンの動向をさぐっているとき、シリウスたちといるカモメ1羽が飛んできた。
「たいへんだ。シリウスたちとあいつらが戦った」
「あいつらって?」
「クラーケンだよ!」
「クラーケン、まさか。そっちにもいたんですか」
「そうだ。若い者が1頭少し離れた場所にいるとき、クラーケンが数十頭背後から進んできたんだ。すぐに逃げればいいものを、シリウスたちのほうへ戻ろうとして、相手とぶつかってしまった。
「それで?」
「おれたちがすぐにシリウスに報告したので、シリウスたちが助けに行った。でも、その若い者は死んだ」
「そうですか。すぐに戻ります」リゲルは急いだ。
海は静かになっていたが、血で染まっている場所があった。そこから少し離れた場所にシリウスたちが待っていた。
「リゲル!」シリウスが飛んできた。
「聞いたよ。他の者は?」
「他の者は無事だ。みんなクラーケンをうまく操ってくれた」
「それはよかった」
「でも、あいつが・・・」シリウスは顔を歪めた。
「おまえの責任じゃない。背後から来るとは予想できなかったおれの責任だ。みんなも許してくれ」リゲルは頭を下げた。
「シリウスをはじめおまえたちのほとんどはオリオンと同じイルカだ。それなのにシャチに向かっていった。残念なことにはなったが、おまえたちの勇気と団結力は誰にも負けないことが証明された」シリウスたちは黙って頷いた。
「カモメの話では、クラーケンはサウサンプトンどころか仲間が集まっているところにも向かわずに南の方に戻っていったようだ。
これで少しはあいつらの勢力を減らすことができた。今クラーケンの本体はどうなっているかわからないが、今度は数がちがう。でも、おれたちならできる」

 -