シーラじいさん見聞録

   

数日後、研究所の会議が行われた。ただ、こういう状況になってから、以前のように純粋に学問的なテーマについて話しあうことは少なくなり、各国の政府関係者や軍人が中心となった。
クジラやシャチなどが人間を襲うようになったのは、敵国がそのような動物を生物兵器にしたということは疑いはない考えているからである。
そして、オリオンは唯一の捕虜と見なされているが、いくら検証してもそれらしき証拠が見つからなかったので、オリオンを囮(おとり)として仲間を捉えようとしたのである。
しかし、オリオンがパニックを起こしたので(海軍ははそう考えている)、今度どうするかが会議のテーマだった。
だから、まず軍事的な主題があって、それを海洋学者や生物学者が専門的にサポートするように期待されていたのである。
もちろん、生物学者はクラーケンは生物兵器であるという考えには懐疑的だった。「1頭や2頭ならまだしも、無数の生物を同じように操ることはできないからである。
マイクは、会議の冒頭で発言を求めた。「オリオンはすぐに元通りになります。クラーケンがまた新たな動きを見せている状況ですから、オリオンを使わない手はありません」
研究所の同僚だけでなく、軍事関係者も驚いた。今までは、否定的な専門家を強圧的に従わせてきたからである。
「このままではオリオンの体力が戻っても、ストレスがたまって前のように自らを傷つける行動を取るかもしれません。だから、なるべく早く作戦を再開すべきです」
軍人は納得したようにうなずいた。そして、会議はすぐに終わった。
「マイク、どうしたんだ?」同僚が聞いた。
「オリオンはきみを一番信頼しているじゃないか」
「もしクラーケンがオリオンを襲ったら、取り返しがつかないことになるぞ」
「ぼくはオリオンを早く救いたいんだ。やつらは、いつかはオリオンを使うだろう。
それなら、さっさとさせたほうがオリオンのためだ。オリオンもそう思っているはずだ。それに、別のものが捕まったら、オリオンはしばらく休めるよ」
同僚もマイクの考えに納得したので、研究所が一致団結して、海軍の意向にそうようになった。

ペルセウスは、クラーケンがセンスイカンを襲ったという場所に急いだ。
ヘリコプターの数はそう変わらないし、緊迫した様子もない。もっと深い場所に行こうと思ったとき、カモメが下りてきた。「何か見つかりましたか?」ペルセウスは聞いた。
「少し前、かなり船が集まっていたんだ。それ以外目立った動きはない」
「何をしていたんですか」
「襲われたセンスイカンを探しているのだろうが、見つかったように思えなかったな。
それから、シーラじいさんにこのことを伝えたとき、ら、アントニスへの手紙を預かったので渡してきた」
「アントニスたちは驚いているでしょね」
「あはは、飛びあっていたぞ、イリアスが」
「オリオンはどうしていますか」
「今はかなり体を動かしているようだ」
「じゃ、安心だ。それじゃ、おれも下のほうを見てきます。また、報告をお願いします」
ペルセウスは一気に姿を消した。

シーラじいさんは、「まだ確証はないが、いずれペルセウスが確認するだろうから、また連絡する」と書いていた。
「テレビや新聞ではまったくそんなことは報道されていない」イリアスが言った。
「まるっきりのでたらめなの?」ミセス・ジャイロが聞いた。
「もし本当ならビッグニュースなのに」
「隠したいんだよ」
「どうして?」
「クラーケンのほうも英語がわかるからだよ。だから、クラーケンに手の内を見せたくないのだ」
「しかし、冷戦で使われているといううわさがあるが」ダニエルが口を挟んだ。
「いずれにしても、クラーケンが勝負に出たのか」アントニスが言った。
「そうしたらオリオンはどうなのだろう。まさか、前のように囮にされたりはしないだろうか」イリアスは心配した。
「研究所のほうはどうなんだ?」ジムが聞いた。
「奥には行けないらわからないんだ。でも、いつもと同じ雰囲気だ」
「オリオンはどうしているのだろう」イリアスが独り言のように言った。
「すぐそばにいるにわからないのはもどかしいな」ダニエルも苦しそうに言った。

マイクはうまく言ってくれたようだとオリオンは感じた。今まで見たことのないニンゲンが頻繁に出入りするようになったのだ。しかも、マイクたちに高圧的に言っているようだ。
ただ、相手は英語がわかるイルカだからというので、何を言っているのかはわからないようになっていた。
だから、マイクが部屋にいても、オリオンに話かけるチャンスはないが、オリオンが目で追っていると、マイクはうなずくことがあった。
慌ただしくなった。体に何かつけられた。何かのセンサーや録音装置などだろう。
そして、
「もうすぐ海に行ける。クラーケンそのものが来ているということは側近もいるということだ。ぼくが側近に話をすれば、それがクラーケンに伝わる可能性が高い」
オリオンは体中に力がみなぎるのを感じた。

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