シーラじいさん見聞録

   

車は順調に進んだ。イリアスは、車の上空を飛ぶカモメを見上げていた。「あっ、向こうに行ったよ!」と叫んだ。
「大丈夫よ。カモメはまず海に行って、それから西に向かうはずよ。わたしたちは、直接西に向かっているから、しばらくは会えなくても、必ず待ってくれているわよ」
「大都市では、相当警戒しているようですね」アントニスが言った。
「そうなの。カモメがウイルスをまきちらしているのではないかと疑われているから、街中を飛ぶ大きな鳥は撃ってもいいことになっているの。実際、新種のウイルスをもっているのがいるようだけど」
「それを、どこかの国が仕組んだものと思うようになってしまったのですね。スパイだということにもなっている」
「クラーケンのことからはじまって、世界中、疑心暗鬼が蔓延してしまったようね。それは、ウイルスより怖いことかもね」
「カモメに頼るのは考えものだね」イリアスが口を挟んだ。
「そうよ、イリアス!カモメがいなくなったら、わたしたちはお手上げになるからね。
でも、これも、クラーケンが仕組んだことかしら?」
「クラーケンがそこまで考えているかどうかわかりませんが、シーラじいさんやオリオンのように、英語がわかるクラーケンがいるのはまちがいありません」
「どちらにしても、このままでは、どちらかが核でも使えば、たいへんなことになるわ」
「そんなことになれば、人類は共倒れになってしまう」
「疑心暗鬼で絶滅するなんてつまらない話ね」
「みんながオリオンのことを知れば、なんでもないのに」
「オリオンのことを書いたイリアスのほうが、政治家よりよほどえらいわ。いよいよブライトンに着いたわ」
海岸近くのホテルの駐車場に着いたとき、イリアスは、「カモメがいる」と叫んだ。
確かに建物の上にいる。そして、ミセス・ジャイロの車を見ると、飛ぼうとした。
「どこかに行こうとしている。ここはこちがうという合図よ。西に行きましょう」
ミセス・ジャイロは、休むことなく車を動かした。それから、1時間後、「ポーツマスよ」と言った。
ずっとついてきてくれたカモメは、「ここもちがう」というように羽を動かした。
ミセス・ジャイロは、「急ぎましょう」と2人に声をかけた。
そのまま海岸沿いを走りつづけた。「もうすぐボーンマスという町だけど、ここもちがうかもしれないわ。観光地だから」
車が市内に入っていくと、カモメは、車のすぐ近くまで来て、そのまま飛び立とうとした。「やはりサウサンプトンよ!海洋研究所があるのよ」ミセス・ジャイロは、振りかえって言った。アントニスとイリアスは顔を見合わせてうなずいた。
1時間後、サウサンプトンの町に入り、海洋研究所のほうに向かった。建物が見えてきた。
「カモメが旋回している」イリアスは声をひそめて言った。
「やはり、ここにいるのよ。監視されているから、このまま通りすぎるわね」
2人も横目で見ながら、建物を頭に入れた。
「これから、どうしたらいいの?」通りすぎてから、ミセス・ジャイロが聞いた。
「シーラじいさんたちは、まだこちらに向かっている途中ですから、まだ知らないと思います。
カモメが知らせるとき、ぼくらのことも言ってくれるでしょう。シーラじいさんは、ぼくらに手紙を書いてくれるはずですから、そこに指示があるはずです。、
ただ、リゲルたちとシーラじいさんは別行動をしているはずですから、少し時間がかかるかもしれません。
しかし、ぼくらがロンドンに戻ると、カモメに危険にさらされます。だから、ここで、ホテルを取ることにします」
「それのほうがいいわね。それじゃ、わたしは、すぐロンドンに戻って、ジムにこのことを話すわ」
アントニスが、「お願いします」と言いおわらないうちに、車は走りさった。

リゲルたちは警戒しながら北に向かった。生まれ故郷のインド洋のようにどこまでも青い海が広がっていた。
ただ、風は冷たく、家族のことなどを思っていると、体がぶっると震えるときがあった。
しかし、海がどれだけ平和そうに見えても、クラーケンが突然来ることを忘れてはならない。リゲルは、若いものにそう言っていた。
確かに、遠くで噴気が上がることがあった。そんときは、リゲルかミラが様子を見にいった。
ここに元々いるものなら、近づかないようにした。ただ、一度だけ、向こうから挨拶をしたので、話したことがあると、ミラが言っていた。
同い年ぐらいのクジラが近づいてきて、「どこへ行くんだ」と聞いてきたようだ。
「友だちを探している」と言うと、「友だちも誘われたのか?」と聞いた。やはり、クラーケンは、ここにも来ているようだ。
「ついていったものはいるか?」ミラが聞いた。
「誰も行かないよ。やつらの言うことは信用できない。どうしてもしなければならないこと以外のことをするのは意味のないことだし、ましてや、自分のほうから仕掛けるのは身の破滅を招くだけだ」
「確かにそうだ」
「きみはどこからきたのだ?」
「ここから何か月もかかる暖かい海だ」
「早く友だちを連れもどせよ」
「ありがとう」
「もし、やつらが追いかけてきたら、ここへ逃げこめ。ぼくらが助ける」

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