シーラじいさん見聞録

   

「私の主人よ」リーダーが紹介した。
「初めまして。あなたたちのことは、家内から聞いていましたが、わしら男連中は、女が暇つぶしでもしているのだろうとしか思えませんでした。
ニンゲンと怪物がどうしたこうした聞いても、わしらと関係がないことでしたからな。
その日の風に乗って、あちこち気ままに飛びまわるのがわしらの流儀でして、食べものも少しあれば十分です。
大きなものが必死になって食べものを探しているのを見るにつれ、神様は、よくぞ小さな体に作ってくれたと感謝しています。しかも、自由に飛べるのですから。
しかしながら、この数年尋常ならざる光景が目につきだしましたので、何が起きたのだろうと怪訝に思うことはありました。
息絶えたものをいただくのはありがたいのですが、貧乏性のゆえか、こう多くては少し心配になってきました。
家内がいつも言っておりますように、このまま進めば、やがてニンゲン同士が争うになって、最後にはニンゲンだけでなく、この世の生きものが全滅する。
そうなれば、わしらも生きていけなくなるという事態が起きるのではないかと思うようになってきました。
また、わしらは、多少種類がちがっても、すぐに仲間になりますが、最近は妙にぎすぎすして、波止場などにいるものに近づくと、ぱっと飛びたつものが増えてきましたのも、心配の種です。
ずっと探していたあなたたちが見つかったということでしたが、家内が、心配なら、わたしたちについてきて話を聞いたらと誘うので、いっしょに来たわけです。
そして、シーラじいさんの話を聞きましたが、事態はさらに深刻になっていることがわかり、何かしなければならないなと、みんなと話しておりました」
すると、主人が言う「男連中」らしいのが、20羽近く前に出てきた。
「あなたたち、やってくれるのね。うれしいわ」リーダーが大きな声で言った。
「こうなれば、なんでもやりますよ」男連中の一人が言うと、その妻らしいのが、背後から、「頼むわよ」と大きな声を上げた。それをきっかけに、1000羽カモメが一斉に鳴きはじめた。
オリオンには、海を揺るがすような鳴き声は、カモメたちが、一つになった喜びをあらわしているかのように聞こえた。
リーダーの主人も、それを感じとったらしく、話しぶりが変わってきた。
「今のお話では、海底にいるニンゲンの国に行かれるそうですが、わしらもいっしょに行かせてください。
わしらは、あなたたちの行く手が安全かどうか調べます。あなたたちが、無益な争いに巻きこまれたら、犠牲が出るかもしれないし、無駄な時間を過ごさなければならないかもしれない。そうなれば、ニンゲンを助けることが遅れる。
そこが、どんなに遠くでも、男連中のほうが、体力がありますし、大きな鳥が立ちはだかっても、うまく切りぬけることができます」
「えっ、男だけで行くの?」リーダーが主人に聞いた。
「そうだよ。オリオンたちは、命がけでニンゲンとの約束を果たそうとしているのだ。
海底にいるニンゲンも何かをしなければと考えているのだろう?それなら、ニンゲンという陸のもの、オリオンたち海のもの、そして、わしら空のものが一つになれば、何も怖くない。女子供が出る幕はない」
「あなたたち、よくぞ言ってくれたわ」リーダーは、主人たちにそう言うと、オリオンのほうに顔を向けた。
「オリオン、わたしたちの仲間は、本来何かの目的のために動くということはないけど、主人たちは、あなたたちの思いに共感したのよ。ぜひいっしょに連れていってくれないかしら」
「ありがとうございます。ぼくらの願うところです」
「それじゃ、すぐに行きましょう」主人が言った。
オリオンは、シーラじいさんのほうを向いた。
「リゲルはすぐに帰ってくるか?」シーラじいさんが聞いた。
オリオンは、リゲルが言っていたことを話した。
それを聞いたリーダーは、「それじゃ、シーラじいさんとわたしたちがリゲルを待っているから、あなたたちは、主人たちにすぐに行くべきよ」
「おまえが決めたらいい」しーらじいさんの目は、そう言っていた。シーラじいさんの許しがあれば、望むところだ。
二つ返事で行きますと言おうと思った。ミラ、ペルセウス、シリウス、ベラが自分を見ているのがわかった。みんなも同じ気持ちなのだ。
しかし、その瞬間、今から行くのは未知の世界だ。言葉で言うのはたやすいが、実際は何がいるのかはわからない。ミラともかく、他の3人を危険な目に合わせていいのかという思いが浮かんだ。
海底で一つ目の怪物と戦うことができたのは、リゲルがいたからだ。他のものは経験が浅い。もし、はぐれでもしたら、どうするのか。
「オリオン、どうした?」ミラが、オリオンを急かせた。
「リゲルを待つつもりか?」ペルセウスも同調した。
「いいや、ちがう。ぼくが一人で行く。きみたちは、リゲルが戻ってくるのを待て」オリオンは苦しそうに答えた。
「オリオン、それはないよ。リゲルも、先に行けと言ったし、きみも、シーラじいさんにそう話したじゃないか」シリウスが、責めるように言った。
「そうよ。そんなことをすれば、リオゲルが、一人でニンゲンのところに行った意味がないわ」ベラも、静かだが、強い口調で言った。
「それはわかる。でも、きみたちを危険な目に合わせたくないんだ」
「きみの体は万全ではない。みんなきみを助けたいという気持ちが強いんだ。
もしきみに何かあったら、ニンゲンとの約束が果たせない。ぼくらも行くよ」ミラの言葉には誰も反対できないような強さがあった。
オリオンは、シーラじいさんを見た。シーラじいさんは黙ったままだった。
オリオンは、「それじゃ、みんなで行こう」と言った。

 -