シーラじいさん見聞録

   

「ペルセウス、この奥はどうなっている?」ミラが聞いた。
「何回も行こうとしたけど、体がぐるぐる回るようになってしまって前に進めない。それで、ここにいて情報を集めようと決めたんだ」
「そうか。それは心配だな。なぜそうなったんだろう?」
「それがわからないんだ。別にけがをしたわけじゃないんだが」
「奥に行くほど磁力が強くなっていくだろう?それと関係があるかもしれない」リゲルが言った。
「ぼくのように、体が小さいものは、どこかにしわよせが来ているかもしれない」ペルセウスは、めずらしく弱気だった。
「ぼくがきみをつれてかえるよ」ミラはペルセウスを励ました。
「ありがとう。ぼくも、ここのことはすべて見逃さなかったつもりだ」
「それなら、ペルセウスにはもう少しここにいてもらって、ぼくらで奥に行こうじゃないか」シリウスが言った。
「その前に、ぼくがニンゲンと話すよ。ニンゲンはここを出たいはずだから、ぼくらに何かできるとわかれば、ぼくらが知りたいことを教えてくれるはずだ」オリオンが言った。
みんな異論はなさそうだった。
「それじゃ、行ってくるよ」オリオンは動きだした。なるべく波を立てないように、静かに潜った。目測を立てて、ゆっくり頭を海面に出した。
虹色に輝く壁からは相当離れているので、海面は暗くなっていた。目測どおりニンゲンがいる場所から10メートルほどまで近づいた。
ニンゲンは、まだ壁にいた。そこは、庇(ひさし)のように突きでていて、奥に向かってすわっていた。しかし、奥は見えなかった。
ペルセウスは、ニンゲンは全員で何かしていたと言っていたから、死んだものを収める場所を作っていたのかもしれない。
じっと聞いていると、泣き声や話し声がしているが、小さな声なので、何を話しているのかはわからない。
やがて、一人の男が、ゆっくり崖を下りてくるのが見えた。金髪で、体は痩せこけていて、骨が浮きでていた。近づくにつれて、悲しそうな顔をしているのがわかった。
岩でできた海岸に着くと、他のニンゲンに背を向けて、膝を立ててすわった。
男はすぐに膝に頭をうずめた。背中が小刻みに揺れているのがわかった。泣いているのだろう。
オリオンは、少し近づいた。2メートルぐらいになった。男の声が聞こえた。
「なぜ先に死んでしまったんだ!こんなところで死んでたまるか、必ずみんなで帰ろうとずっとおれたちを励ましてくれたのはおまえじゃないか。
もうどんな望みもない。ああ、おれたちも、近いうちにおまえに会いにいくことになるだろう」そのような内容だった。
オリオンは、男の顔が間近に見えるほど近づいた。そして、体を海面からぐっと上げて、「ぼくらにできることはないですか」と言った。
その声に、男は顔を上げた。しばらくあたりを見ていたが、誰もいないと思ったのか、また顔をうずめた。
「どうしたらいいですか?」オリオンはもう一度言った。
男は顔を上げて、暗い海面をじっと見た。ようやく何かに気づいたように、「おまえ、しゃべれるのか!」と聞いた。
オリオンは、「少しなら大丈夫です」と答えた。
「ここのものか?」
「外から来ました」
「外?」
「そうです。あなた方が住んでいる陸地近くの海です。太陽と月が見える海です」
男は、オリオンが言っている話の意味を理解しようとするかのように、じっと考えていた。
そして、「ほんとか?」と大きな声で聞いた。「そうです」とオリオンは言った。
すると、男は、よろめきながらも立ちあがって、「おーい。みんな来てくれ」と叫んだ。
墓地から下りていた6人のニンゲンが、「どうしたんだ?」と言いながら近づいてきた。
上にいるニンゲンも、その声に気づいて、男のほうを見ていた。。
6人が来ると、男は海面を指さした。みんな目を細めてみていたが、わからないようだった。こんな場所にいるために視力が弱っているのかもしれない。
「どこだ?」「何もいないぞ」「今度は、おまえがおかしくなったのか」と口々に言った。
上にいた3人も集まってきていた。その一人が、「あっ、何かいるぞ!」と叫んだ。
「ほんとだ。ここのものか?」誰かが声を上げた。
金髪の男は興奮して話しはじめた。
「本人は、外洋から来たといっている。しかも、英語がしゃべれる。何かできることはないかと言ってくれたんだ。こっちへ来てくれないか?」
オリオンは、さらに近づいた。
「おまえはイルカか?」
「そうです」オリオンは答えた。
「イルカが、3000メートルの海底まで来れるのか?」
「どうしてここにいるんだ?」ニンゲンは、矢継ぎ早に聞いて質問を浴びせた。
オリオンは、仲間がはぐれたので、探しているうちに、ここに紛れこんだことを説明した。
「そうか。驚いただろう?」
「驚きました。こんな美しい場所は初めてです。しかも、呼吸ができるのですから」
「確かにそうだ。おれたちも、それで、生き延びている。もっとも、おれたちをここに閉じこめたやつらは、そんなことを知っているがね」
「やつら?」今度は、オリオンが聞いた。

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