シーラじいさん見聞録

   

「リゲル、よかったじゃないか」ミラの声が聞こえた。
「そうだ。ぼくらはリゲルとオリオンがいないと任務が果たせないからな」
ペルセウスも応じた。
「ご苦労じゃった」シーラじいさんはパパに礼を言った。
「いや、長い時間がかかりました。わしらは日頃は家族であちこちにいるので、話をすべき者を探すのに苦労しました」パパは遅れた理由を話しはじめた。
「安全な場所で、わしらも生まれてすぐに訓練を受けましたが、わしらの社会以外の者が入ることができないことは重々わかっていました。
もしそんなことをする者がいれば、たとえまちがって入ってきても、直ちに大人が追いだします。
そして、出ていかない者は容赦なく殺されます。家族が社会の基本であるので、それを脅かす者は絶対許せないのです。そのかわり、社会が家族のために子育てをするのです。
そんなことばかり考えていると、リゲルを助けることができないと気づいて、息子のときと同様に、自分の考えを堂々と主張しようと心に決めました。
息子が特例で認められたことを快く思っていない親もいましたが、リゲルが息子を助けようとしてけがをしたことを何回も話しました。
やはり、今までなら、自分たちを脅かすものなどいないと思っていましたが、わしらの子供の中に跳ね上がりが出てきているのは認めざるをえないが、それには何か理由があるにちがいないと考える親がわしの味方になってくれました」
シーラじいさんは深く頭を下げ、「おかげでリゲルも体をゆっくり休めることができる」と言った。
「ありがとうございます」リゲルも礼を言った。
「それじゃ、早朝お迎えにきます」パパと下の弟は帰っていった。
リゲルはミラの起こす波に乗ってきたが、体が波から外れないようにするために半身の力を使いつづけてきたので、相当疲れていた。
みんなは寝ることもせずにリゲルを守った。そして、朝焼けが広がるころに、パパと下の弟がリゲルを迎えにきた。
下の弟は以前のようにオリオンと話したかったが、リゲルを送りとどけるまでは我慢しようと決めていたようだ。
しかし、オリオンに、「おはよう。これでリゲルも大丈夫だ」と小さな声で言った。
「ああ、きみらのお陰だ」オリオンも答えた。
パパは、シーラじいさんに短い挨拶をすると、すぐに安全な場所に向った。ミラが波を作った。リゲルは、それに乗り進んだ。
視界が明るくなると、三々五々、シャチが数頭集まって泳いでいるのが見えた。
パパとリゲルたちが近づいても警戒することもなかった。逆に近づいてきて挨拶をする者もいた。
しばらく進むとパパは止まり、「このあたりから安全な場所になります」と言った。
オリオンたちはそこで止まった。リゲルは、2,30分なら半身の力で前に進むことができた。
「安全な場所なら、今の状態でも1人で浮くことができます」とパパは言って、安全な場所に入っていった。オリオンたちは見送った。
リゲルは、進むにつれて体が海の底に引っぱられるのを感じた。自分の意に反して体が沈んでいく。こんなことは初めてだ。
沈まないように体に力を入れると、大きな音を立ててひっくりかえった。
パパと下の弟は慌てて下にもぐり、リゲルの体をもちあげて起こした。
ようやく落ちついたリゲルは「ありがとうございます。体が急に沈みかけました」と恥ずかしそうに言った。
「子供は体が柔らないので、なんでもないが、ここで訓練を受けた者でも、大人なれば溺れることがある。わしも、久しぶりにここに入ったが、最初はうまく前に進めなかったものです」パパは言った。下の弟も、「ぼくでもそうだよ」と慰めた。
パパは、リゲルを安全な場所から出した。まだそこにいたオリオンたちは、リゲルが戻ってきたので慌てて集まってきた。
パパは、オリオンたちに事情を説明して、リゲルに安全な場所での体の浮かし方を練習させた。
「昔からこのあたりはこうなんだよ。わしの息子は大人だけど、何事もなく安全な場所に入っていった。それで、もう一度子供に戻ったのかもしれないと思っています」
リゲルは教えられたとおり、引っぱる力を感じても、それに逆らわずに前に進む練習を繰りかえした。
パパは、「慣れてくると、体がふわっと浮いてくるようになります」と言った。
「もう大丈夫だと思います。それじゃ、行きましょう」パパは、そう言うとリゲルを促した。
そして、また安全な場所に入った。進むにつれて引っぱる力が強くなっていくようだ。リゲルは体の力を抜いた。引っぱる力はさらに強くなっていく。
やがて、何かに支えられているような気分になった。そして、呼吸もできる。体は沈んでいないのだ。
ミラが起こす波に乗っているような気分だ。しかも、そこにぽっかり浮くこともできる。

リゲルは、「海の中の海」を思いだした。クラーケンの部下に追いたてられて、「海の中の海」に避難をした者が一様に、「ここは海のようじゃない」と言っていたのは、このことだったのか。
「海の中の海」は、初めての者でも練習などしなくても、その気持ちよさがわかったが、ここでは少し練習をしなければならないという違いはあるが。
リゲルは、半身が痺れていて、どこまでも泳いでいけるような気がしてきた。
やがて、パパが止まった。

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