シーラじいさん見聞録

   

「はい、でも」
上官がいなくなった今、見回り人をまとめるのは、上官の直属部下だった見回り人だ。
「大丈夫だ。すぐに退却せよ」と叫ぶと、すぐに戻っていった。
すでに背後から巨大な影が迫ってきていた。幹部は、見回り人を守るためにすぐに引きかえした。巨大な影も、方向を変えて幹部を追った。
「退却!」直属の部下が命令した。
オリオンたちは動かなかった。全員でかかればやつらも引きさがらざるをえないように思えたのだ。
「おまえたち、退却だ、早く戻れ!」新しい上官は叫んだ。
争いはまだ続いている。クラーケンの部下は幹部と友だちを執拗に追いかけている。
オリオンたちは、命令に従い戻った。部屋には行かず、入口で幹部と友だちの帰りを待った。
「どうして戻ったのですか」見回り人の一人が新しい上官に詰めよった。
「幹部の命令だ」
「でも、大勢でやつらを取りかこんだほうが勝てるじゃないですか」
「おれたちを助けようとして形勢不利になることを避けたかったんだと思う。
それに、おれたちが疲れていることを心配してくれたんだろう」
見回り同士でも小さな声で話した。
「大丈夫だろうか?」
「大丈夫だ。幹部と友だちはやつらをからかっているだけだ。
あれだけの巨体で向きを変えるのは体力がいるよ」
「そうだな。今頃疲れきっているのじゃないか」
「おれたちに勝ち目がないと思って、どこかに行くかもわからないな」
そのとき、遠くから一つの影がこっちへ向かっているのが見えた。新しい上官はそちらに向った。
他の者も急いだ。影はひどく疲れているようでまっすぐ泳ぐことができない。幹部だ。
「幹部」みんなが一斉に声をかけた。
「大丈夫だ。やつらが来る恐れがある。早く部屋に戻れ」苦しそうな声だ。
みんなで、幹部を取りかこんで、後ろを警戒しながら戻った。
部屋に入ると、幹部の横腹に大きな傷口が見えた。痛みに耐えるために、大きく息をしていた。
医者が駆けつけて、緊急の治療をはじめた。しかし、まだみんなが取りかこんでいた。
一人の医者が、「おまえたち、幹部は大けがをしている。すぐに奥へ運べ」と見回り人に言った。
「ちょっと待ってくれ。話がある」
幹部は、そういうと、見回り人のほうに顔を向けた。
「友だちは助からなかった」幹部の声は沈んでいた。
今あれほど激しく戦っていたのを見たばかりだったので、みんなの顔には、何が起きたのだという表情が広がった。
「パパ」という声がした。振りかえると、娘が呆然としていた。そして、すぐに外に行こうとした。
「お嬢ちゃん、行くな」幹部は苦しそうに叫んだ。
娘は止まって幹部を見た。「もう手遅れなんだ」
娘は黙ったまま動かなかった。
「助けようとしたが、どうしようもなかった。みんな来てくれたが、これ以上犠牲を出すわけにはいかなかった」
娘は辛そうな顔をしたが泣かなかった。
「何が起きたか話をするよ」幹部は続けた。
「2人で、病院の奥にある砂浜におびきよせる戦術を考えていたんだ。もちろん、警戒を怠らずにいたんだが、砂浜ではこちらも能力が落ちているのに気づかなかった。
砂浜から海に戻るのは体力がいるので少し休むために、少し沖に出ようとした。そのとき、近くに何かいるのに気づいたんだが、下からものすごい力で吹きとばされた。
幸いおれは背中から落ちたので、すぐに体勢を整えたが、きみのパパは頭を打ったのか動かなくなった。
やつらに気づかれていたんだな。それでも、やつらの後ろへ後ろへと回って、敵を翻弄した。
パパも意識が戻り、やつらを翻弄したよ。おじさんと目が合うと、笑顔さえ見せていたんだ」幹部はぐっと唇をかんだ。
「しかし、パパはだんだん弱ってきた。力をふりしぼったがだめだった」
「お嬢ちゃん、心から謝る。引退してみんなで幸せに暮らしているのに、おれがこんなことにしたのだから」
「今からおれと一緒に帰ろう。ママに謝りたんだ」
娘は、元の表情に戻って言った。
「おじさん、心配しないで。今そんなことをしているときではないでしょう。
ママも謝っていただいても喜ばないと思います。
パパはここへ来るとき、『おれに何かあったら、ママを頼むぞ』と言いました。
私を連れていってほしいと頼んだとき、ママは反対したけど、パパは、少し微笑んだのに気づきました。
困難を乗りきるとはどういうことか教えられると思ったはずです。日頃から体験しないと何もおぼえられないとよく言っていましたから」
「そうか。そこまで考えてくれているのか。ありがとう」
そのとき、院長が、これ以上ほっておくとたいへんなことになると叫んだ。幹部は奥で治療を受けることになった。

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