シーラじいさん見聞録

   

その声に驚いて止まろうとしたが、通路の曲がり角でぶつかっては前に行ってしまうのでなかなか止まれなかった。
ようやく仰向きのまま止まった。痛みをこらえていると、「あいかわら騒がしいわね。でも大丈夫?」という声が聞こえた。
「ああ、きみか」オリオンは、心配そうに覗いている娘に答えた。
「ああ、きみかじゃないでしょ。心配して表まで迎えにいっていたのに」
「ごめん、ごめん。やつらに見つからないように急いでいたんだ」
「ぼくが急いで飛びこめっていったもので」
あわてて追いかけてきたペリセウスは娘に事情を話すと、オリオンに、「また頭を打っていないか?」
「「大丈夫だ。頭を打たないようにしていたから」
「頭を打ったの?」娘が心配そうに聞いた。
「そうなんだ、でも、もう大丈夫だ」
ようやく体を起こしたとき、娘の叫び声を聞いて大勢の者が集ってきた。そして、オリオンを見つけると、みんな歓声を上げた。
「おまえのおかげでみんな助かった」長老の一人が前に出た。
「入院患者全員が助かったよ」医者も声をかけた。
「若いのにたいした者じゃ。こんなときになかなか冷静になれん」退役した見回り人もまわりの同意を求めた。
「いや、ぼくこそ、みんなに助けられました」
「やつらに襲われてから、ここに帰ってきたのはきみがはじめてだよ」改革委員会のリーダーも笑顔で言った。
「他に助かった者はいるのですか?」オリオンは仲間が気になった。
「あちこちの避難場所にいる」
オリオンは、さらに聞こうとしたとき、「オリオン、帰ってきたか」シーラじいさんは、みんなの間から姿をあらわした。
「シーラじいさん!心配かけました」.
「ペリセウスから大体聞いておる。ウミヘビの婆あにお世話になったそうじゃな」
オリオンは、ウミヘビの婆あから受けた治療について話をした。
「そうだったか。婆あがいなかったら、助かっていなかったな」
「ぼくもそう思います。それにばあさんたちは、ボスのことも言っていました」
みんなオリオンに近づいた。
「みんなボスが来るのを待っておるのじゃ」
「ボスはどうした?」もう一人残っている長老が聞いた。
オリオンは、婆あから聞いた話として、ボスが毎日警戒していたこと、やがて息子を連れてきていたこと、しかし、やつらが来たとき、二人ともいなかったことを伝えた。
みんな黙った。ようやく、もう一人の退役した見回り人が「なにか用事があったのだ」と声を出した。
「戻ってきて、様子がおかしいとわかれば、すぐに来てくれるさ」
「ボス以上に強い者は、この世にいないのだから」
みんなの顔は、また明るくなった。

そのとき、幹部と友だち帰ってきた。みんなの間にオリオンとペリセウスがいるのがわかると、「無事だったか」と声を上げた。
「今、広場のほうにやつらが近づいたので、何かあったのじゃないかと心配していたが、よくかえって来てくれた」と幹部が喜んだ。
「迎えにいってやりたかったが、やつらが来ることが予想されるので、そのときは、おれたちのほうにおびきよせようと考えていたんだ」友だちもうれしそうに言った。
「ご心配をかけました」
「おまえと仲のよい先輩も元気だ」
オリオンは、リゲルだと思った。
「そうですか」
「あいつらに喰らいついたままここまで来たが、振りまわされて飛ばされたそうだ。
2頭に挟みうちにされそうになったので、避難所に逃げこんだ。しかし、体を痛めているので、もう少し休んでからもう一度向っていくつもりだと言っていたが、おれたちの指示を待てと言ってある」
「おまえの同期の者もあちこちの避難所にいる」
「一人は、出て行ったがまた帰ってきた者だ。おまえのことをひどく心配していたが、もうすぐ帰ってくることを言うと、自分のことのように喜んでいた。あいつも、やつらを追ってここに入ってきたようだ。
改革委員会に戻るかと言っても、全員ここでがんばると言ってくれている」幹部は満足そうだった。
弱虫も無事だったか。オリオンは、二人のことを思うと、涙が出そうになった。
「ボスの情報も聞いてきてくれました」
リーダーが、オリオンからの話を二人に伝えた。二人の表情が曇った。
「それじゃ、ゆっくり休んでおいてくれ」二人は、そういうと、シーラじいさんにちょっとお話がと言った。シーラじいさんは二人についていった。
他の者も、オリオンを休ませるために奥に戻った。残ったのは、ペリセウスと娘だけになった。
「ここも、大勢いるので限界に近づいているようよ。パパたちが出かけるのは、ここにいる者を分散できる場所がないか調べているのよ」
「みんなも、ボスがもうすぐ来ると思って我慢しているようだ」ペリセウスも言った。
そのとき、シーラじいさんが帰ってきた。
そして、「おまえ、他に婆あから聞いたことはないか?」と聞いた。
オリオンはしばらく考えていたが、弟子が見たという者のことを話した。
「ベテルギウスかもしれませんが、事態はここまで来てしまったので、今は考えないようにしようと決めたのですが」
「おまえの判断は正しい。今は全力で切りぬけることを考えなければならないときじゃからな」
シーラじいさんは、しばらく黙っていたが、3人を見まわして言った。
「この戦いは長びくぞ」3人は、シーラじいさんを見つめた。
「そんな気がするな」

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