シーラじいさん見聞録

   

オリオンは訓練所に戻った。
いつもだと、訓練生は、三々五々集って自分の意見を声高にしゃべっているものだが、今はちがった。
誰も、一言もしゃべらず、一人でぐるぐる回っていた。そして、一様に思いつめた表情をしていた。
この不安を、いよいよ自分の存在を見せつけることができるんだという思いで、懸命に打ちけそうとしているようだった。
その雰囲気の中に入ると、オリオンにも、海の中の海の開放が現実になったのだということが実感された。
あの気弱な訓練生が、オリオンを見つけるとにやってきた。
「きみ、ぼくらはどうなるんだろう?」と小さな声で聞いた。
「ぼくらは、長老や改革委員会が決めたことをやるだけだから心配ないよ」
「でも大勢来るんだろう?」
「向こうも、けがをしたり、お腹がすいたりしているだろうから、ぼくらに感謝してくれるはずだよ」
しばらく黙っていたが、「そうか、ぼくらはいいことをするのだから、恐がらなくていいんだよな」と思いなおしたように言った。
「そうだよ」オリオンはその言葉に応えた。
「ありがとう」
そのとき、教官たちが入ってきた。その真ん中に幹部がいた。
訓練生は、すぐさま教官の前に集った。オリオンにとって、久しぶりに近くで見た。
「よろしい」教官の一人が叫んだ。
幹部は、扇状に整列している訓練生に近づいた。
「今聞いたように、海の中の海は、しばらく開放されることになった。
おれたちを代表する長老たちは苦渋の決断をした。
もしクラーケンが攻めてきたら、ここは壊滅するだろう。
しかし、平和のために何かしなくてはならないという意思が残っていれば、たとえ何万年、何十万年後であっても、またおれたちの後をついでくれる者がいるはずだ」
「おまえたちも海の中の海の一員だ。今何をするべきか分かるだろう」
そう言うと、幹部は出て行った。上官たちが、その後を追った。
教官がすぐに前に出た。
「おまえたちは、今担当して場所に戻って、見回り人が連れてきた者たちを、ここに案内する任務を担当する。
見回り人は、すぐに引きかえす。助けを求めている者に対して毅然とした態度を取ること。以上」
訓練生は、すぐに出ていった。
第二門と第1門には、海ヘビやサメの門番だけでなく、見回り人も配置された。
それで、巨大な穴となっている門の両側全体を警戒することができるのだ。
そして、「海の中の海」に通じる道の何ヶ所かにも見回り人がいた。
訓練生が案内する一群以外の者がいれば警戒するためだ。
そこは、呼吸を整えるために海の中の海に戻らなくても、サメやマグロなどの見回り人が担当した。
オリオンは、担当区域を動きまわった。やがて遠くから近づいてくる一群を感じた。
すぐにそちらに向った。しばらくすると、その一群から、「訓練生はいるか」という声を察知した。見回り人が連れてきたのだ。
オリオンは、すぐに「います。もうすぐ着きます」と返事をした。
肉眼でも見えるほどになった。一群の前にはイルカの見回り人がいた。同じ種なので、何回か話しかけてくれたことがある。
しかし、今は、任務を遂行中なので、私語は一切はさまず、「ご苦労。それではすぐに海の中の海に案内してくれ。
後は門番たちの指示に従ってくれ」と言った。
「わかりました」オリオンが答えると、見回り人は、くるっと向きを変えると、すぐに泳ぎさった。
一群を見ると、20頭ぐらいのマグロが不安そうな顔で、オリオンを見ていた。
大人だけでなく、子供も数頭いたが、誰も声を出さなかった。
オリオンは、「それでは、ぼくについてきてください」と声をかけて、前を泳ぎだした。
そして、「海の中の海」に通じる道に着いた。
そこには、何組かの固まりがいた。それぞれ、同じ訓練生がついていた。
3,4人の見回り人が厳しい目で、それぞれの固まりを調べていた。ようやく許可が与えられると、再び訓練生の先導で動きだした。
途中、オリオンが先導する一群の中から声が聞こえた。オリオンが振りかえると、かなり年配の男が近づいてきた。
そして、「これから行くところには、食料もあり、ゆっくり休むこともできるとのことだが、それは本当か?」と話しかけてきた。
「はい、そうです。元気が出るまで、ゆっくりしてください」
「それはありがたい。この前、岩陰に休んでいると、大勢に囲まれて、すぐにここから出て行けといわれたことがある。子供が弱っているので、しばらくでもと頼んだが聞きいれなかった」
「安心してください。けがをしていれば、病院で治療を受けることもできます」
その男は、ホッとしたようにほほえんだ。

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