シーラじいさん見聞録

   

数日して、「海の中の海」に帰ると、第一門にいるサメの門番たちが、「全員広場に急げ。訓練生も訓練所に戻らずに直接広場に行け」と大きな声で叫んでいた。
オリオンも、見回りから帰ってきた者に混じって広場に急いだ。第二門に行くまでの間に、何人かの訓練生と会った。
「何かあったのか?」一人の訓練生が聞いてきた。
「ぼくもわからないんだ」
オリオンが、そう答えると、「いよいよクラーケンがニンゲンを攻撃したのだと思う」と、さらに近づいて、興奮した口調で言った。
そのとき、後ろにいた訓練生が間に入ってきた。
「おれ、ずっと考えていたんだけど、ニンゲンは知恵を使って、この世を支配してきた。
そして、クラーケンは、世界で一番強いと言われている。
それなら、両者が争って、共倒れになれば、おれたちにとって勿怪の幸いにならないか」
最初に声をかけてきた訓練生が、「そうか!そうすれば、どちらかが勝っても、そいつだけを相手にすればいいのだ。おまえは頭がいいぞ!」と、ひれで相手をパシッと叩いた。
「とにかく広場に行けば分かるよ」オリオンはみんなを急がせた。
全力で広場に向ったが、次々帰ってくる見回り人も増えてきたので、第二門を越えると、前に進めないほどになった。
やがて広場に着いたが、もう奥に行けないほどになっていた。
しかし、緊張した雰囲気に包まれているのが遠くからでも分かった。ひそひそ声がときおり聞こえるだけだった。
みんな、前の集会からそう時間が立っていないことからも、そして、数日前見回り人の幹部が大きな情報を得てきたことからも、重大な発表があることが分かっていたのだ。
やがて、長老5人と、改革委員会のメンバー10人、そしてシーラじいさんが入ってきた。
すぐにリーダーが前に出て、「長老会から需要な発表があります」と緊張した声で言った。
そして、一人の長老が前に出たかと思うと、「諸君、今から『海の中の海』を開放する」
と叫んだ。
長老の声が上ずっていたためか、最初何が言われたのか分からなかったようだが、やがて広場からざわめきが起こった。
長老は、それを無視して話を続けた。
「『海の中の海』とは何なのか、われわれは考えに考えた。そして、ここを開放する結論を出した」
長老は、そこまで言うと、初めて広場を見渡した。だれも岩のように身動きしなかった。
「具体的なことは、所属の長に伝えるが、自分の国を出て行かざるをえなくなって、しかも、弱っている者を抱えている一族を見かけたら、食料と治療が与えられる場所があることを伝え、ここへ案内をしてかまわない。
そして、ある程度の期間が過ぎれば、ここを出て、自分たちで道を探してもらうこととする。
もちろん、この状況が落ちつけば、開放も中止する」
そこへ、もう一人の長老が出てきて、話を続けた。
「諸君たちが危惧することは分かっている。
元通りになっても、この場所が明らかになった以上、大きな困難があるだろうということだ。
われわれも、そのことを何回も話しあった。
この『海の中の海』が見つかって、何百万年、何千万年立っているかもしれない。ひょっとして何億年という時間かもしれない。
シーラじいさんの話では、その間、陸が動き、どこかの陸と一つなることが幾度となく繰りかえされたということだ。
それは、つまりわれわれが住んでいる海も広がったり、なくなったりしたということだ。
そのとき、われわれの先祖も、なんらかの決断をしなければならないことがあっただろう。われわれにとって、それが今日だ。
この決断の責任はすべて長老会にある。
諸君は、われわれの決断を理解して協力をしてくれることを求める」
広場は、静まりかえっていたが、どこからか波が起きた。やがて、あちこちから波が起きて、だんだんまとまっていき、最後には一つの大きな波になった。
長老たちや改革委員会のメンバー、シーラじいさんは、身動き一つせず、一つになって届く波に体を任せていた。
ようやく波は小さくなったが、広場に集っている者は誰も動こうとしなかった。
近くから、「ある程度の犠牲を払わなくてはならない」という声が聞こえてきた。
オリオンは、長老たちに呼ばれて、『海の中の海』の開放をあらためて話したが、まさかそれがほんとに行われるとは信じられなかった。
そのとき、「オリオン」という小さな声が聞こえた。
オリオンが振り返ると、やはりリゲルがオリオンを見ていた。
「ああ、リゲル」オリオンも、声をひそめて答えた。
「シーラじいさんのところへ行こう」リゲルは、そう言うと、集会に集っていた者の間をくくりぬけながら、前に進んだ。
オリオンも、その後をついていった。
やがて、最前列に行くと、シーラじいさんが二人に気づいた。

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