シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、今聞いたことについて考えていた。
上官は、ニンゲンはぼくに感謝をするために探しにきているのだろうと言ったけど、ほんとにそうだろうか。
ジムの友だちは、ぼくを見世物にしようとしていた。今度はそういうことをしないのだろうか。
上官は、オリオンがずっと黙っているので、「時間があれば、ニンゲンが集っている場所に行ってやれ。そうすれば騒ぎは終るさ。またニンゲンの友だちができるぞ」と声をかけた。
オリオンはうなずいた。
ようやく「海の中の海」が見えるようになった。規則どおりに、誰かついてきていないか一回りをしてから、決められた道に入り、「海の中の海」に戻った。
訓練所に帰ると、ほとんどの訓練生とその担当の上官が者が帰っていた。
みんな興奮して自分の見てきたことをしゃべっていた。
「おい、どうだった?
おれたちが行くと、みんなよってきた。早く上の者を説得して仲裁してくださいと泣きながら訴えるんだ。何とかしなくては思ったよ」
「上官とおれが国に入ると、どうも様子がおかしい。しかし、かまわず進んで、上官が、出あう者に、「やあ」と声をかけるが、みんな隠れるんだ。
そして岩場に入ったとき、何か気配を感じたので後ろを振りむくと、おれたちは、岩に叩きつけられた。
上官は、すぐに、もぐれというので、おれは、下に逃げた。
しばらくして上官が来て、けがはないかと言ってくれた。おれは放心して何も言わないでいると、ここはしばらく何もなかったから、大丈夫と思ったが、さっきまで争いをしていたので、おれたちを敵とかんちがいしたようだ」と説明してくれた」
そんな話があちこちで続いていた。
オリオンは、仲間に加わらず、仲間の話を聞いているだけだった。
ようやくオリオンの担当だった上官が出てきた。そして、全員帰ってきたのを確認してから、しゃべりだした。
「これで実地訓練を終える。各担当に聞いたが、諸君はすべて合格である。
今後は、1人で見回りをしてもらうことになる。今までの訓練を忘れることなく、任務を遂行せよ。担当区域は、追って連絡する。以上」
訓練生は合格したことにほっとしたが、今後は1人で見回りをする不安を感じながら、訓練所を出た。
オリオンは、家に帰る前に改革委員会をのぞいた。シーラじいさんが残って、まだ研究をしていた。
「シーラじいさん、実地訓練は合格しました」と声をかけた。
「そうか、よかった。これからたいへんだが、みんなのためにがんばれ」と喜んでくれた。
そして、「これを上官の友だちから預かってきました」と、新聞を渡した。
シーラじいさんは、それを受けとり、じっと見た。
「どうやらニンゲンは、おまえをさがしているようだな」とそれを読みながらつぶやいた。
「やはりそうでしたか」
「知っていたのか?」
「はい、その友だちは、家族や親戚といっしょにいましたが、そこの子供たちは、ニンゲンは背びれのないイルカを探しているみたいだと言っていましたから」
「それじゃ、まちがいないな」
「シーラじいさん、新聞を読んでください」とオリオンは続けた。
シーラじいさんは声を出して読みはじめた。
まず、「『極限状況での集団幻覚か』という見出しがついておる」と言った。

3月24日のインドのムンバイから南アフリカ共和国のヨハネスブルグに向かっていたインド航空のエアバスがインド洋で墜落した事故で、奇跡的に救助された8人は全員背びれのないイルカに助けられたと証言している。
それぞれ、機体の一部に乗って救助を待っているときに、どこからか数十頭のシャチやサメがあらわれ、人間を襲いはじめた。
そのとき、また別のシャチやイルカの集団があらわれ、人間を襲うシャチやサメと激しい戦いをはじめた。
ジャン=ジャック・アルディ(74才)=フランス人は、ようやく面会謝絶の状態を脱したが、「そりゃ、すごかった。わしら人間は、シャチやイルカと連合軍を組んで、敵のシャチやイルカと激しい戦いをした。
わしらは、ドイツと戦った連合軍のように一つにまとまって敵を跳ねかえした。
お陰でわしらは生きてかえることができたんだ。あのとき、すぐに救助されたので、お礼をする暇がなかった。いつかゆっくり語りあいたいものだ」と言っている。
また、アレックス・テイラー(8才)=アメリカ人は、「もうだめかと思ったとき、背びれのないイルカが、ぼくらを引っぱってくれた。ときどき、『坊や、がんばれ』と励ましてくれたので泣きそうな気持ちを抑えることができた」と話す。
それが真実かどうかわからないが、ある専門家は、極限状況での集団幻覚でないかと言っている。
たとえば、海洋で遭難した船の乗組員が、海賊船に取りかこまれているのではないかと思ったり、積乱雲を救助にきた船に見えたりすることがあるという。
そこで、多くのマスコミが、現場の取材に向かっている

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