シーラじいさん見聞録

   

若い見回り人が元気になりだしてから、「海の中の海」の歴史で有数の戦いになるだろうと言われている、あの「ニンゲン救出」の戦いを戦った兵士たちが、毎日のように集り、話をするようになった。
改革委員会に属している指揮官と他のメンバー、若い見回り人と少し年上の見回り人、そして、オリオンの5人だ。そこに、オリオンと固い友情で結ばれているだけでなく、年上の見回り人と同期のリゲルも入ることがあった。
苦難が大きいほど、それを乗りこえた者たちが一つになる力がより働くのかもしれない。
5人は、いつもいっしょに過ごすようになった。
毎日あきることなく、あの戦いを振りかえったり、空想の敵を相手にしたりする戦術論に花を咲かせた。
あるとき、若い見回り人は、オリオンと二人きりになることがあった。
「きみとゆっくり話したかったんだ」と言った。
「ぼくもです。ぼくぐらいの年なのに、どうしてあんなに冷静で勇気があるのか一度聞きたいと思っていました」
「そんなことないよ。訓練でも、あんなすごい戦いは想定していないから、無我夢中だった。そうでないと、ひょっとして生きて帰れないかもしれないと弱気になるばかりだったからね。なにしろ、あの数だろう?
また、戦死した先輩が指揮官になると思っていたのに、改革委員会のメンバーが指揮官というのを聞いて、正直どうなることかと心配したよ」
そして、少し間を置いて、また話し出した。
「ぼくは、あの先輩を尊敬していた。子供のときから、何でもやさしく教えてくれた。
今回もメンバーに選ばれたとき、そんな物見遊山のようなことはしたくない。明日にも殺されるかもしれない子供やとしよりを助けなくちゃならないのにと断ったんだ。
でも、先輩は、何か大きな変化が起きているかもしれないんだよ。若い者は、こんなチャンスを逃してはいけないと言ってくれた。
そして、先輩も行くと言うので、ぼくら二人も行くことになった。それなのに、先輩は、ぼくらを守ろうとして、あんなことになったんだ」
若い見回り人は、唇をかんだ。
オリオンは見守った。
「でも、先輩は、いつも、どんなことが起きてもあわてるなと教えてくれた。今こそ、そうすべきだと思って、悲しくなると、先輩が教えてくれたことを思いだしているんだ。
でも、改革委員会出身の指揮官もすばらしかった。みんなで、あの戦いを一つ一つ見なおしているだろう?
すると、あのとき敵に突っこむと多分返りうちをあびていただろうと思う場面がいくつもあった。そのとき指揮官は、『待て、おまえは反対に回れ』と言ってくれた。
ぼくの技量が未熟なことをよくわかってくれていたんだ。
でも、きみがニンゲンを引っぱっていってくれたから、犠牲は少なくてすんだ。
何しろニンゲンという弱い者を人質だったからな」
「あれは、シーラじいさんの指示だ」
「これからもいっしょにやろう」若い見回り人は話し好きだった。そして、どこかベテルギウスに似ていた。
あるとき、「きみも、家族と離ればなれになっているんだって?」と聞いてきたことがあった。
「そうだ。でも、きみもって?」
「ぼくも、家族にはぐれたことがある」
「そうだったの!」
「子供のときは気が弱かったんだ。家族とどこかへ行ったとき、岩陰から大きな者が急にあらわれたことがある。
ぼくは恐くなって逃げた。すると、それは追いかけてきた。後で聞いたら、謝ろうとしていたのに、ぼくが逃げるものだから、どんどん追いかけてきたらしい。結局、ぼくははぐれてしまった」
「それで、どうしたの?」
「家族や近所の者が毎日探してくれて、ようやく家に帰ることができた」
「よかったじゃないか」
「でも、友だちに馬鹿にされてくやしかったよ。それで、大きくなったら見返してやろうと思っていたときに、ここを知ったんだ。
パパに相談すると、ここにいる者を知っていると言って話をしてくれた。それが、あの先輩なんだ。先輩は、一から十まで教えてくれた。これからは先輩のようにがんばるよ」
「パパやママは元気なの?」オリオンは聞いた。
「うん、元気だ。いつかは家族の元に帰って、パパのように強くなって、家族を助けようと思っているんだ。弟や妹はまだ小さいのでね。きみも、きっと家族に会えるよ」
「ぼくも、それまでがんばる」
「ところで、お願いがあるんだけど?」
「何?」
「ぼくにも名前をつけるように、シーラじいさんに頼んでほしい。
名前があれば、戦いのときに早く動けるから」
「わかった。頼んでおく」
そんな話をしていると決まって大きな声が聞こえてきた。
「おまえたち、静かにしろ。早く退院したいんだろ?」担当の医者だ。
その声が聞こえると、2人は、自分にあてがわれて場所に帰るのだった。
そして、ある朝、診察を終えて、みんなが集る場所にいくと、若い見回り人だけがいなかった。
みんなで、どうしたんだろうとあたりを見まわすと、大勢の者がどこかに急いでいるのが見えた。

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