シーラじいさん見聞録

   

指揮官たちも急いだ。やはり若い見回り人が養生する場所だ。
オリオンも無我夢中で向った。どうしたんだろう?昨日は、あれだけ楽しそうだったのに。大勢の医者や助手が集り、めまぐるしく動いているので、中はまったく見えなかった。
ジャンプしようかと考えたが、もし治療をしているのだったらさしさわりが出ると思い、遠くから見ていた。
静かなので、医者や助手が話をしていのが聞こえてきた。
「おい、聞こえるか?」
うっといううめき声が断続的に聞こえる。
「大丈夫か?」
「先生、何が起きているのですか?」
「ちょっと待て」
「退院できるまでになっていたのに」一番外側にいた助手たちがささやいている。
「骨はつながっている。しかし、体の奥がひどいことになっているじゃないか」
院長らしき男が大きな声で言った。
「えっ」
「見てみろ。壊死が起きている」
「ああ、どうしたんだろう」泣きそうな声で言う者がいる。
「ちゃんと調べなかったのか?」
「骨のことばっかり気になっていたので」
「その奥も見るようにいつも言っているだろう」
そのとき、「オリオン!」という声が聞こえた。
オリオンは、あたりを見回した。だれもこちらを見ている者がいない。
すると、助手が出てきて、「オリオンはいないか」と叫んだ。
「はい」オリオンはあわてて答えた。
「すぐに来てくれ。患者が呼んでいる」
オリオンは、ああ、行きかえったのだと思い、医者と助手の間を急いだ。
「オリオン!」若い見回り人は、目をつぶったまま、また呼んだ。
「ぼくだ!!オリオンだ」
見回り人は、それには答えずしゃべりだした。
「きみは、そっちへ回れ。おれは正面から行く。ふたりで、あいつらを蹴散らしてやろう。
弱虫どもが何百、何千いたって、おれたちふたりで充分だ。さあ、きみはそっちへ回れ。
ぐずぐずするな」若い見回り人は、そこまで言うとぐったりした。
「おい、元気を出せ」オリオンは必至で叫んだ。
院長は、オリオンの前に出て、若い見回り人をもう一度調べた。
「もう体力がなくなってきている。下からもちあげろ」
助手は2,3頭で沈まないように支えた。
そして、壊死になった部分を取りのぞきはじめた。血のついた肉がに出てくると、すぐに助手がかたづけた。
治療をしばらく続けたが、やがて院長は静かに言った。
「家族に連絡しろ」
「はい、すぐに」
1人の助手が、その場から消えた。長老の許可を得たあと、家族の元に急ぐのだ。
オリオンは、動かなくなった若い見回り人を見ていた。まだ笑顔が浮んでいた。敵に打ちかった夢を見ているのだろうか。
しかし、すぐに外に運ぶ作業がはじまった。
「海の中の海」に入ることを許される者は、どんな命令にも従わなければならないということを宣誓しなければならない。
また、傷害を負ったり、死亡したりしても、その家族は、どのような申し立てをしないことを誓約させられるのだ。
そして、ここで死んだ場合は、病気の感染予防だけでなく、士気にも影響するので、すぐに門外に出されるようになっていた。
だから、「海の中の海」の中ならゆっくり葬儀ができるが、門外は水中なので、短時間で行われるようだ。
門の外に出された見回り人の遺体は、出入り口を隠す、葉が生いしげった枝を集めて作られた安置室に置かれた。遺体が浮きあがらないように、腹の中に重石が入れられた。
家族が着くで、門番が交代で見張った。
遺体についていった指揮官やオリオンは、病院にもどった。
病院は静まりかえっていた。今日にも全員退院する予定だったのに、こんなことになって、みんな言葉を失くしていたのだ。
しかし、時間が立つにつれて、診察やリハビリなどで出入りがもどりはじめた。
オリオンは、1人で過ごしたかったが、大勢の者に、見回り人の最後の様子を聞かれるので、その時間はなかった。
翌日の朝早く、門番が、家族が着いたと知らせにきた。病院でも、医者をはじめほとんどの者が参列することになった。
門の外に行ってみると、すでに木の枝でできた安置室がもちだされ、中に見回り人がいた。
そのまわりには、見かけない者がいた。両親や兄弟のようだ。他に、年恰好から判断すれば、叔父や叔母なども来ているようだ。
表情などから、もう別れはすんでいるようだが、弟や妹はまだ泣いている。
オリオンは、見回り人が自分は長男なので、家族、特に、弟や妹のためにがんばらなくてはと言っていたことを思いだした。
自分もそうなので、これから助けあっていこうと話しあっていたのだ。
葬儀をとりしきる門番たちが、静かにするように波を送ってきた。
そのとき、遺体をはさんで、家族の反対側に並んでいた長老の一人が前に出た。
一瞬静かになった。その長老は大きな声で叫びはじめた。

聞け聞け、海に満つ我らの慟哭を
何千、何万海里遠くで、耳を傾ける者あれば、アジたちよ、永遠の旅人よ、何百万、何千万の仲間とともに、彼らに、そは何かを伝えよ
そして、何千、何万尋深く、目を上げる者あれば、クラゲたちよ、光の熟達者よ、何百万、何千万の仲間とともに、彼らに、弔いの灯りを見せよ

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