勇気

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復活ノート
「勇気」
貴乃花や北朝鮮の若大将はどうしたのでしょうね。「押してもだめなら引いてみろ」という下世話な言葉がありますが、それを使ったのでしょうか。
二人とも、「押してもだめならもっと押せ」というタイプだと思っていたのですが、突然の変わりようです。
日本や世界はその原因にはあまり言及していないようですが、憶測では貴乃花は、相撲協会そのものから追放されるかもしれないということを避けようとしたかもしれませんし、北朝鮮の若大将は中国の動きが影響したかもしれません。
どちらも自分のことを一番に考えたでしょうが、意地を張りつづける愚に気づくぐらいの大人になったということかもしれません。
貴乃花を応援していた有名人からは、「本人が考えていた相撲協会の改革とはこんなものか」という絶望の声もあるようです(私も、「相撲はガチンコでなければならない」という意見には賛成だったのですが)。
北朝鮮の若い大将については、世界の国はまだ疑心暗鬼で、特に日本の宰相は、北朝鮮がもたらす緊張が自分の存在価値に寄与しているのを知ってか知らずか、「北朝鮮は何を考えているのか分からない」と言いつづけています(もちろん、拉致の解決はまだまだですが、圧力を加えることが唯一の方法かどうかはわかりません)。
そういうことで、二人の変節が真実かどうかどうかはまだわかりませんが、私たちも自分の考えを変えることがたまにはあります。
もちろん、自分の心に大きな転機が起きたためでしょうが、このまま行っても勝ち目がないとか、どうも周りの目が気になるなどという理由もあるかもしれません。
逆に、これかあれかと悩んだ末、ようやく自分の考えがまとまったのに、それを言ったり行ったりできないこともあります。一歩踏み出す勇気が出ないのです。勇気というものは不思議ですね。1000人の前で自分の主張を言えても、一人の人にたった一言が言えないこともあります。
そんなことを繰り返して、自分の人生は形作られるのですが、誰かに何かを言えなかったということがいつまでも心に残っているのはどうも落ち着かないものです。
ビジネスでもそうです。私も、社員に指示をして、その通りにならなければ怒鳴る毎日ではあったのですが、何か言うべきことがあると分かっていたのに、それを言葉に出す勇気がなかったのです。
今はよく分るのですが、勇気があるとか臆病とかいうのは、その人の性格ではないような気がするのです。
つまり、自分が逡巡していることに何らかの道筋が見えた時、その前途に大きな壁があったとしても、よしやってやろうという気持ちになれるのです。
それが勇気を生み出す源なのです。人生という大きなことでも、日常の些細なことでも、とにかく道筋を決めましょう。そうすると、どんなことにでもぶつかっていくことができるはずです。勇気を出そうなどと考えなくとも。
さあ、時は春。私たちも前に進みましょう。
yuuki