戦争をなくすビジネス
{ }
復活ノート
「戦争をなくすビジネス」
尖閣列島をめぐる騒動では、アメリカが「漁夫の利」を得るとムーズで言いましたが、政治は、特に国際政治は、「駆引き」です。
つまり、拳(こぶし)を上げたり、詰め寄ったりする「はったり」が有効です。
人の場合は、もし拳がたまたま相手の体に当たったら、警察に御用となるわけですが、国際政治の場合は、そうなっても、誰も責任を取ることはありません。
今回、アメリカの高官が、「もし判断を誤れば、何か起こるかもしれない」と危惧しましたが、何もかも政治に任せておけば、あるいは政治の言いなりになれば、一国の人間だけでなく、世界の人間が絶滅することもあるわけです。
民主党が、「原発を廃止する方向を取る」と表明しましたが、すぐさまアメリカ、フランスなどが反対しました。ウランが売れなくなるからです。
しかし、第2、第3の原発事故が起きれば、どこが責任を取ってくれるのでしょうか。
政治にすべてを任すことは危険だということです。
中国の政治家は困ったものですが、日本の政治家も、「国難だ」というだけで、筋道を説明しません。
とにかく、第2のヒットラー、第2の東条英機が出てきても、政治に、戦争を起こさせないようにするのが、人間が生きのびる道ではないでしょうか。
それには、国家権力というものを相対的に低くさせることです。国が、「敵をやっつけろ」と叫んでも、もっと大事なものがあると思わせる「何か」です。
井上ひさしの「吉里吉里国」のように、元々の村が独立すれば、意見が合わない人も出てくるでしょうが、世界中には、自分を認めてくれる人が大勢いるはずです。
アメリカには、同じ価値観の人が一緒に暮らす「国」を作ろうと考えている人がいるそうですが、普通の人が、アメリカの誰かと中国の誰かとエチオピアの誰かが一番自分を理解してくれると思うようになれば、もし機会があれば一緒に暮らそうとなるかもしれません。
これを進めていけば、国なんてものは、「便宜上のもの」にすぎなくなります。
戦争を起こそうとしても、誰も、自分の無二の親友がいる国に攻めこもうとしません。
それでは、どうするべきか。「フェイスブック」などのSNSをもっと活用してもいいでしょうが、ここに焦点を当てて頭をひねってください。
世界の誰かが自分の思いを述べれば、誰かから返事が来るでしょう。それを続けていけば、「家族のように」気にかける間柄になっていくでしょう。そうなれば、世界を大事に思う人間になっていくはずです。
「えっ、こんなことが」でも「なんだ、これで」でもいいです、世界の人が知りあうきっかけを作ってください。
ビジネスで成功することはまちがいないですし、世界から戦争をなくすことができれば、ノーベル平和賞だって夢ではありません。
元の発想にもどることです。