堂々と

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復活ノート

「堂々と」
ノーベル賞作家の大江健三郎が、昔エッセーで故郷の愛媛で夜な夜な「もうすぐハレー彗星が落ちてくる。みん終わりじゃ」と叫びながら村中を歩く老人がいた」と書いていました。
今調べてみると、それは1910年(明治43年)で、大江は1935年生まれですから、親から聞いたのでしょうか。
確かにこのことは世界的にパニックを起こしたようです。何しろハレー彗星が衝突すると空気が一瞬でなくなるので人類は絶滅すると言われていたのですから当然です。
私の祖母は明治31年生まれですから、当時は12才で大人の話を聞いて怖かったはずですが、祖母に育てられた私はそのことは全く聞いたことはありません。また、他の大人からも聞いたことがありませんから、たぶん、社会、いや世界全体が、そのことを「黒歴史」にしたいのかもしれませんね。
何回も取りあげていますが、ハレー彗星と今回のミサイルと比べたらどうでしょうか。
実際にミサイル実験をしたり、「日本を沈没させてやる」などと脅迫をしたりと北朝鮮は「行動的」ですが、テレビの司会者が言っていましたが、世界は、少なくとも日本は「そろそろ飽きてきた」のでしょうか。
アメリカの大統領は、「あの男は狂っている」などと言っているようですから、それに腹を立てて、「もう一発かましてやれ」などと考えないことを祈りますが、
こちらが飽きたら、向こうも飽きたらいいのですが、アメリカから攻撃されないようにこれからも突っ張っていくかもしれません。
自分の意思を通すためなら、何を言ってもいい、何をしてもいいのなら、警察はいらないのですが、実際国際社会には警察はいないのです。だから、人類の英知が試されているのです。
そして、私が庶民には英知があると思うのは、抗議をすることがあっても、生活そのものは今までどおり続けていることです。
他に何をすることがある?と言われるかもしれませんが、ハレーじいさんのように、「核爆弾が落とされたらすべて終わりじゃ」と捨て鉢になる人がいないことは頼もしいことです。
そうです。社会は今までどおりに動いています。小学校から大学までの新入生は胸を膨らませて毎日を送っているでしょう。
社会に出た一年生も仕事にも慣れ、社会人としての自信をつけてきているでしょう。
田舎では、朝早くから鳥が鳴き、草木が新緑に燃えています。田植えも始まっています。
社会も自然も堂々としていることは相手をひるませることにつながると思うのです。
私たちも、会社の倒産を含めて多くの失敗を重ねてきましたが、どんなときも堂々としておれなかったことが一番の失敗だったかもしれません。
今回のことでも若い人は心に感ずることがあるはずですが顔に出しません。
私たちも何が起きても絶対にうろたえることなく、復活をめざしていきましょう。