シーラじいさん見聞録

   

みんなほっとした表情になった。カモメは続けた。
「安全な場所に入ることを特別に許されたけど、一番端にいて、しかもお兄さんが子供たちに危害を加えないように家族が見守ることが条件なの。
今はパパと下の弟がついている。後でママと上の弟が交代するというようになったようよ」
「よかった。お兄さんはどんな様子ですか?」オリオンはカモメに聞いた。
「何も食べずにあれだけ動きまわったから相当疲れているようよ。今はじっとしている。
目を開けているけど、何も見えていないようだわ。パパたちが、ときどきお兄さんに声をかけても何も答えない」
「早くお兄さんが元に戻れたらいいですね」オリオンは言った。
「あそこには何か不思議な力があるようなの。わたしたちがあの上を飛ぶと体が急に重たくなって落ちそうになるわ。何かに引っぱられるようなのよ。どうしてかしら。
だから、強い風が吹いても、あそこだけあまり波が立たないの。
いつも凪だから、子供たちは安心して訓練を受けることができると言えるかもしれないわね。
訓練中、親は時間があれば、自分たちの子供を外から心配そうに見ている。そこに入ることは禁止されているからね。子供たちも、親が見えると、親の元に行きたいけど、それもできない。
一人前になれば、あそこを出られるから、みんな必死で先生の言うことを聞いているようよ。
大概親が自分の子供を訓練をする。ときおり知りあいが子供の面倒を見ることがあっても、地域で子供たちを一人前にするのはあまり知らないわ。
だから、ここほど地域の繋がりが強いところはないかもしれない。そのために、厳しい規則があるのね。
お兄さんはみんなに見守られているから安心だけど、それであの状態がなおるかどうか正直わからないわ」カモメは不安そうにつけくわえた。
「シーラじいさんはどう思いますか?」オリオンは聞いた。
「お兄さんは恐ろしい思いをしたのじゃろが、それなら、穏やかな生活を続けることで、いつか元に戻ことはありうる。
しかし、誰かが常に話しかけ、それにどう反応したかに気をつけるという根気のいる治療が必要になるじゃろ。何もかも今からじゃ」
「ところで、リゲルはどう?」カモメは話題を変えた。
リゲルは、それまでカモメやオリオン、シーラじいさんの話をじっと聞いているだけだったが、自分のことを言われたので、びくっとした。
「まだ体の半分が痺れていて、力が入りません」リゲルは悔しそうに答えた。
「そう、わたしたちもできるだけのことはするから、ゆっくり養生することよ」
そして、「シーラじいさん、どうしてこんなことになるのですの?」と聞いた。
「わしらの体は、頭からこうせよと指令を受けて、動くようにできている。
リゲルは、体のどこにも外傷がないようじゃから、頭を強く打ったとき、その指令を伝えるものが切れているかもしれないな」シーラじいさんは答えた。
「それはなおらないものですか?」
「わしも詳しくは知らないが、時間をかければ、またひっつくということを聞いたことがある。あくまでニンゲンのことじゃが」
「それなら、お兄さんと同じように安全な場所にいたらなおるかもしれないのですね」
そのとき、リゲルが口を挟んだ。「いや、ぼくはここの者ではないので」
「お兄さんの場合でも、最初前例がないと断られたけど、パパの熱意が通じたわ。
リゲルの勇気を知ったら、みんな感動するわよ。パパが、ママと交代すれば、パパを呼んでくるから待ってらっしゃい」カモメは、そう言うと飛びたった。
その夜、パパと下の弟がやってきた。
「リゲルが無事に帰ってきたかずっと気になっていましたが、先ほど大きなけがをしていると聞き申しわけない気持ちでいっぱいです」パパは頭を下げた。
「いや、ぼくは大丈夫ですよ。しばらくすればなおると思います」リゲルがあわてて言った。
「息子がいる場所にリゲルも入れないかと、あのカモメから頼まれましたが、わしも賛成です。
あそこはほんとに不思議な場所で、わしもあそこで訓練を受けたのですが、下から支えられている気持ちになります。だから、一人で潜ることが怖くないのです。
息子も、あそこにいれば気持ちが落ちついて精神錯乱が収まればと思っています。
明日、みんなにお願いしてきますので、少し待っておいてください」
パパは、そう言うと、下の弟を連れて戻っていった。
しかし、パパは2日来なかった。オリオンたちは待つしかなかった。
シーラじいさんは、もし明日も来なければ、ミラの起こす波を使ってリゲルを「海の中の海」に連れもどそうと決めていた。
リゲルは、体半分の体力で海に浮かんでいるが、それが限界に近づきつつあるからだ。
その晩遅くオリオンたちが少し広がっているところにまっすぐに向って来る者がいた。
みんなそちらに向った。シーラじいさんも下にいたが気配を感じて上に急いだ。
はやりパパと下の弟だった。
「遅くなってしまいました」パパは息切れをしながら言った。
「途中経過でもと思ったのですが、大勢の者と話をしなければならなかったので、それもできずに心配させました」
みんなはパパの表情を読もうとしたが暗くてできないので、次の言葉を待った。
「リゲルが安全な場所に入ることが認められました」
どよめきが暗闇に響いた。

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