ユキ物語(2)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(215)
「ユキ物語」(2)
やはりあいつだ。道に立ち止まってじっとおれを見ている。誰かが近くを通っても身動きもせずにおれを見ている。
夕焼けがはじまっているが、あの薄汚さははっきりわかる。
元々はおれと同じ色だっただろうが、もはやその面影はなく、冬の枯草のようだ。
しかも、腹の骨が見えている。食うものも足りていないようだ。
それよりあの目だ。射るというより、おれの一挙手一投足にへばりつくような視線を向けている。
たぶん、おれに対して妬みを感じているのだろう。おれも無視したらいいのに、つい見てしまう。どうしてだろう。おれは素直に自分の心をながめた。
あいつに見られると、自分が後ろめたい気になってくるのは認めざるをえない。
しかし、あんな薄汚いやつのために自分を疑うようになるのか。
それが分からない。だから、また見てしまう。
世間は、つまり人間とおれたちの仲間も合わせてのことだが、おれとあいつとの間には、まごうかたない差があるのは事実であると考えるだろう。
それは疑うことのないことだ。しかし、それがどんな差だろうか。
あいつは、不潔だ。あの枯草にはダニがうじゃうじゃいるだろう。その点おれは最新の管理でケアされている。しかも、輝くように白い。我ながらうっとりする。
あいつは、今日食いものにありつけても、明日はどうなるかわからないような存在だ。
朝から食いものを見つけるために、あっちへ行ったりこっちへ行ったりいらぬ労力を使って一日が過ぎる。何という生涯だ。
でも、自由ではある。自由!自由とは何だ。食いものを探すことか。他のものに脅されて慌てて逃げることか。それはご苦労なことだ。
でも、自分のしたいことをして、自分が行きたいとこにいくのを自由というのなら、おれには自由があるのか。
誰も聞いていないから、正直に答えろよ。おれは自分にそう言った。あいつを見たときに感じる後ろめたさを幾分かでも知りたいからだ。
それなら言おう。おれには自由がない。ただ、仲間を売り払う手先となって贅沢な暮らしが約束されている。もし病気にでもなればどうなるかわからない。
あいつと同じ運命が待っているかもしれない。
そうだ。店員同士が小さな声で話していることを聞くことがあるが、それも自由に関することだ。
「ここをやめようかな」と誰かが言うと、他のものが、「何かあったの?」とか「寿?」とか聞いて話がはじまるのが常である。
「全然。最近わたしが別れたの知っているじゃない」と次の段階に入る。
「それは知っているけど、ユミの性格考えたら、当てつけで結婚するのかなと思っちゃってさ」と言う者が出てくるのだ。
「まさか。しばらくは男のことは考えないで、自分の人生を考えることを決めたのよ。人生を決めるのはお金しかないでしょう?」
「それはそうだけど。で、ここをやめてどうするの?」
「そう簡単には決められないわよ。まず、自分を自由な状態にしなければ、碌な考えしかかばないわ」、「そういうことか!」
「そうよ。自分の心を自由にすると、何がしたいかわかってくるはずよ。そして、お金持ちになる。男なんてそれからよ。お金につられてくる男なんて払い下げよ」
「ユミはすごいね」みんな感心したが、当のユミはまだここにいる。
とにかく、自由は人間もおれたちも魅力的なものであることはわかった。
さて、おれである。おれは金儲けなんてできないが(せいぜい人間が金儲けするための道具でしかない)、自由はほしい。
それに、人間のように、自由については真剣に考えなければならない。
そのとき、あいつがあらわれるようになって、おれをせっつくのだ。物事は両面あって、あいつのことで言えば、気分を害することもあるが、おれの背中を押す存在でもあるわけだ。
そこで、あいつを見ると、数人の悪ガキがこの汚らしいやつめとからかいはじめたようだ。ようやく動きはじめたが、相変わらず背中の骨がくっきり見えていた。