シーラじいさん見聞録

   

「チャイアが、海の生物を武器として使っているのまちがいないと思う。クジラやシャチ、カメからは電波装置が見つかっている」
「しかし、クラーケンと化した生物はチャイアの海でも暴れているというじゃないか」
「それは、今までになかった方式で動かせるようにしたが、人間の手ではコントロールできなくなったからだ。ロボットでも、同じことが起きているじゃないか」
「チャイアに、そのことを聞いたそうだが、そういう事実はないという返事だったそうだ」
「確かに、クレタ島での研究でも、オリオンからは電波のようなものは出ていない」
「調教したという仮説が一番有力だな」
「調教でしゃべることができるのかという疑問は消えない」
「それに、これだけの数を調教できるのか」
「それで、クラーケンが集まってきているドーバー海峡に、オリオンを連れていけば、オリオンを助けようと仲間が来るはずだ。それを捕まえて、医学的検査をすれば、何かわかるはずだ」
「話を聞けば、どうして人間を襲うかがわかるというわけだな」
今までの話をまとめれば、こういうことになっていて、しかも、ここはイギリスだということもわかった。
サザンプトン海洋研究所という名前を何回も聞いたことがあり、それをシーラじいさんかも言っていたのを思いだしたからだ。
オリオンは、その後、朝昼晩に話しかけられても、一切何も言わないのは、相手を油断させて情報を得ようとしようと考えたからだ。
もう少しすれば、必ず何か動きがあるはずだ。その時がチャンスだ。

旧ソフィア共和国の海軍大臣は、ユーリー・アブラモフだということはわかった。
しかし、崩壊したとき、逮捕状が出たようだが、捕まったのかどうかさえもわからなかった。
そこで、旧ソフィア共和国の中核をなしていたローニア国のバーリンという記者を紹介された。
ブレストにある外国人記者のプレスセンターで会うことができた。もう70才近いようだが、青い瞳はきらきら耀いていて、好奇心にあふれているようだった。
常にうなずきながら、ブラウンの話を聞くと、「きみも、クラーケンの取材で来ているんだろう?」とからかうように言った。
「そうなんだが、最近、海そのものを調べる必要があるような気がしてきた。
宇宙についてはかなり解明されてきたが、身近な海についての研究は遅々として進まない。
海は今もって謎が多い。その謎にクラーケンが加わった。
ぼくらは、海から生まれ、海に生かされているのに、これでは、海のことがわからないだけでなく、海を敵に回してしまうことになる」ブラウンは生真面目に答えた。

「なるほど。クラーケンを、アメリアとチャイアとの間の冷戦の中で考えないんだね」
ローリアの記者はうなずいた。
「そうなんだ。どちらかが、海の生物を生物兵器として利用していると仮定しても、あまりにも数が多すぎると思わないか」
「これは、国と国との戦いではなく、人間と海の生物との戦いなんだな」記者は大きな声で言った。
ブラウンも、自分の考えがわかってもらえたように思った。
「それでは、どうしてソフィアのことを聞きたいのか?」
「クラーケンは、ずっと以前より戦いの準備をしていたはずなんだ。だから、潜水艦や軍艦が一触触発の時代を知りたいんだ」
「なんだって!その頃から、クラーケンは戦争を準備していたってか」
「ソフィアの潜水艦が行方不明になったことはなかったか」ブラウンは質問を続けた。
「行方不明か。ああ、そういえば、当時、K-19という原子力潜水艦などはあったが、深海を航行するためだけの潜水艦があったようなことは聞いている。
当時、どうしてこんなときに思ったかもしれないが、公表されなかったので、その後は、全くわからない。でも、それがどうした?」
「いや、潜水艦らしきものが海底にあったというようなことを聞いたことがあるので」
「こりゃ、驚いた。でも、調べてみる価値はあるな」
「お願いします」
「人間は、中世から大型船を操って、大海原に乗りだしたが、そのころから、わからないことは、クラーケンという言葉で片付けてきた。今は、こんなことになっているのは、その付けがきたかもしれない。
早速、アブラモフと謎の潜水艦について調べてみよう」

ブラウンはアントニスに電話して、ローニアの記者との会談を話した。
「すごいじゃないか。それがわかれば、事態は大きく前進する。
そして、ぼくらを信頼してくれれば、オリオンは、自分の口で、海底で見たきたことを話し、その場所に案内するだろう。
また、オリオンたちの行動を知れば、海を元の状態に戻そうという動きも出てくるだろう」
「ぼくも同感だ。まず彼からの返事を待つとしよう。ところで、シーラじいさんたちの様子はどうだ?」
「ミラがときどき偵察をしているそうだが、クラーケンが押しよせているので、身動きだ取れないそうだ。カモメも、仲間が相当増えているが、オリオンの居場所はまだわからない」
「そうか。彼からの返事の内容によっては、ぼくも、大きな決断をするつもりだ」
「何でも言ってくれ。ぼくも命がけでやる」

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