シーラじいさん見聞録
「長い間かかったな。しかし、オリオンは、それで生まれかわった。いや、成長した。
ジムのときがそうであったように、元々困っているものを何とかしたいというやさしさをもっていたが、自分のために、いかに多くのものの献身と多くの時間が必要だったかを知って、どんな行動にも、勇気だけでなく、忍耐がいることがわかったのじゃ。
わしは、これでオリオンは一人前のリーダーになると思って、早く『海の中の海』を出て、オリオンの家族を探そうと思ったときに、飛行機事故が起きて、クラーケンの家来が、漂流しているニンゲンを襲っているということを聞いた。
そこで、リゲルをはじめ『海の中の海』のものが救出に向かった。オリオンは言われたことだけをしようとしていたのだが、ニンゲンの子供が怯えていたので、ニンゲンの言葉で励ましている間に、徐々に前に出るようになったのじゃな」
「あれはオリオンのことだったのですね」
「そうじゃ。すべて終わったので、わしはオリオンを連れていこうとしたんじゃが」
アントニスは身構えた。
「しばらくしてボスが死んだ」
「何があったのですか」
「ボスは、クラーケンを追いかけて、とうとう深海で見つけた。そして、激しい戦いがはじまった。丸一日続いたそうじゃ。
それを見たものがいるが、クラーケンは、ボスぐらい巨大で、さらに、体ほどの大きさの手足が何十本もあったそうじゃ。
それをボスの体に巻きつけ、ボスの息の根を止めようとした。ボスは、それから逃れようと必死で海面近くまで来たとき、センスイカンからの攻撃で命を落とした」
アントニスは黙ってきていた。
「『海の中の海』は、長い間、突然ボスを失ったショックに包まれたままじゃった。
ようやくリゲルが中心となって、今後のことを話しあうようになった。
みんなは、クラーケンとは何者で、何をしようとしているのか知らなければ、海は滅びてしまうのではないかと考えた。
それで、リゲルたちは、後任のボスを決めた後、オリオンを含めて、ペルセウス、シリウス、ベラを選抜して、クラーケンを追いかけることになった。父を失ったミラも、自ら志願した。
リゲルは、わしにもついてくるように言ったが、邪魔になるので断った。だが、どうしてもいうので、ここまで来たわけじゃ」
「クラーケンは見つかったのですか」
「いや、その後、クラーケンそのものを見たというものはいないし、わしらも見ていない。ただ、クラーケンの部下、それも、巨大なサメが、誰かの指揮の下で動いているように思えるが。
指揮をしているのは、『海の中の海』で、オリオンと親友であったものではないかというものもいる」
「そんなことがあるのですか」
「部下たちは、あちこちで、仲間を集めながら動いていているようじゃ」
,「シーラじいさんは、クラーケンはどこから来たと思っていますか」
「ニンゲンが閉じこめられている海底に入る穴には、赤目の化け物がいた。わしらも見たことのないものじゃった。
海底にはそんな穴が無数にあるようじゃ。そのどれかに、クラーケンたちはいるのかもしれない。
しかし、今は海底にいるニンゲンを助けこと優先しなければならないので、クラーケンより、部下たちをどう抑えるかじゃ」
「ジムは信用できますか」
「ジムがどういうニンゲンで、今どういう状況に置かれているかわからないが、オリオンには感謝しているはずじゃ」
「それなら、オリオンをさらに窮地に陥れることはないでしょうね」
シーラじいさんはうなずいた。
「わかりました。それじゃ、ジムと連絡を取るようにします」
アントニスは、急いで帰ってジムに手紙を書いた。
「手紙を拝見しました、そして、シーラじいさんに見せました。
シーラじいさんは、あなたにすべてを話してもかまわないと言ってくれましたので、今の状況を話します」と書きはじめた。
「読んでくださった童話は、私の甥のイリアスの経験に基づいています。助けてくれたイルカが、その場で人間に捕まり、そのままヘリコプターに連れされるのは、8才の子供にとって、とてもショックだったと思います。
そのとき、私も近くにいましたが、どうすることもできず悔しい思いをしました。
それから、2人で、毎日泣きながら過ごしました。
私は、新聞社に連絡をして、オリオンを助けてほしいと頼んだのです(それ以前より、オリオンとイリアスは友だちになっていたので、名前は知っていました)。
童話には書いていませんが、オリオンが今いるところはわかっています。水族館ではなく、クレタ島にある海洋研究所です。
しかし、このような状況ですので、欧米の海軍が利用しているようで、新聞記者に調べてもらったのですが、何も言わないようです。
ただ、いるのはわかっています。シーラじいさんの仲間であるカモメが突きとめてくれました。
海軍は、オリオンが英語を話すのかどうか、話すのなら、クラーケンを抑えこむために利用できないかなどを研究しているようです。
シーラじいさんたちだけでなく、私や、イリアス、新聞記者のアレクシオスは、オリオンをどう救いだそうか、毎日話あっています。この事実を知ったあなたも、そう願うことでしょう。返事を待っています。