うさぎ

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(73)

「うさぎ」
お美代が目を覚ますと、あたりがひどく明るいのに気がつきました。まるで光の中にいるようです。
あわてて体を起こすと、障子が光っているのです。「しまった。こんな日に寝坊したのだわ!」と思って、あわてて障子を開けると、あっと叫びました。
一面の銀世界です。すべてが雪に覆われています。それがお日様に輝いてきらきら輝いていたのです。
「なんてきれいだこと。昨日は降りそうになかったのに。でも、おばあさんは大丈夫かな」と思いました。
お美代は八才で、人里離れた家でおばあさんと二人で暮らしています。父親は二才のとき、母親は五才のときに亡くなりました。
父親の記憶はないのですが、母親のことは今も生きているように覚えています。
きれいで、やさしくて、どんなに悲しいときでも、母親の笑顔一つで悲しみは消えてしまいました。
今は、何か悲しくなれば、母親の笑顔を思い出して、悲しさを乗りこえるようにしているのですが、どこか物足りないのか、悲しさが少しずつ心に残ってしまうのです。
だからと言って、おばあさんがやさしくないなどということでありません。だって、あのやさしいお母さんのお母さんですし、孫の成長を何より楽しみにしているのですから。
北風がぴゅーぴゅー吹くようになってから、お母さんのことがしきりに浮かんでくるようになりました。寝ても覚めてもお母さんの顔が浮かんで、食欲もなくなってしまいました。
おばあさんは心配して、「ごはんをたくさん食べないと大きくなれない」と注意するのですが食べたくないのです。
そんなとき、隣の村に住んでいる、隣といっても山を三つも越すのですが、そこに住んでいるおばあさんの妹が今日か明日かという病気になったということを、その村に住んでいる若者が知らせてくれました。
おばあさんは、すぐに行ってやりたいが、お美代が心配だし、さりとて、一緒に行くわけにもいかないしと悩みました。
お美代は、やさしいおばさんの顔を思い浮かべました。大叔母ですが、年に二,三回来て、お美代におもちゃをくれたり、一緒に遊んでくれたりするのです。
「おばあさん、わたしのことは心配しないですぐに行ってあげてください」と言いました。
「でも、一人で大丈夫かい?」と答えましたが、「大丈夫です。一人でお留守番できます。お元気になるまで看病してきてください。困ったら隣のお家に助けてもらいますから」
おばあさんは、明日の朝早く出かけることにしました。
お美代は、畑やお家のことをして、おばあさんが帰ってきたらびっくりさせようと決めていました。
「こんなに雪が積もっているから野良仕事はできないわ。それなら、まずお家のことからしましょう」と思いました。
「でも、おばあさんは、雨戸を開けてから出かけたのかしら」と不思議に思うと、「お美代、雨戸はわたしたちが開けたのよ」という声が聞こえました。
えっ、お美代はもう一度障子を開けました。
声のほうを探すと、真っ白なうさぎ三匹立ってこちらを見ています。
「今しゃべったのはあなたたち?」お美代は、目を丸くして聞きました。
「そうよ。おばあさんは、あなたが食べるものをこさえてから出かけました。
そのときは、まだ昨日が終わっていないときだったけど、あなたの調子が悪いのに、そんな時間に雨戸を開けたりしないわよ」三匹のうさぎは笑顔で答えました。
「まあ、そんなに早く!真っ暗で、寒いし、雪も降っているのに、大丈夫だったかしら」
お美代は涙が出そうになりました。
「大丈夫よ。わたしたちも、後からついていったけど、まだ暗いうちに着きましたよ」
「ああ、よかった。でも、あなたたちはおばあさんとわたしのことをどうして知っているの?」
「雪の精から聞いたわ」
「雪の精?」
「そう。雪が降るときに降りてくるの。そして、心が雪のようにきれいな子供を助けてくれるのよ。でも、あちこち行かなければならないから、同じ場所に来ることはないらしいの。今年の冬は、ここに降りて、そして、あなたよ」
「へえ、これからどうなるの?」
「あなたをつれていきたいところがあるの。それがわたしたちの仕事です。こんな大役は初めてなので、みんな張りきっているわ。早く行きましょう」
「わかったわ。それなら支度をしなくっちゃ」
「いいえ、すぐに行くのよ」
「でも」
「寒くないから」それは本当でした。雪が積もっているのに、まるで春のように暖かいのです。
うさぎたちはぴょんぴょん動きだしました。
お美代は、草履もはかずに後を追いかけました。うさぎたちは、畑や田んぼ、野原を越えて、山の中に入って行きました。ようやく、洞穴の前で止まりました。
「着きました。ここで待っているから、中を見てきて。あなたのお父さんとお母さんがいるから」
えっ!お美代はそう叫ぶと、どんどん中に入りました。
突き当りになると、下から光があふれています。お美代はのぞきました。
おかあさんだ!小さな子供の世話をしています。おかあさ~ん。お美代は思いっきり叫びました。しかし、おかあさんは見あげてくれません。何回も何回も叫びましたが同じことです。
やがて、男の人があらわれました。お母さんやおばあさんから聞いていた顔に似ています。
お父さん!別々に亡くなったのに、なかよく暮らしているのだわ。そして、赤ん坊もいる。
どうして、わたしがいないの。涙が止まらなくなりました。
すると、光はすっと消えました。お美代は泣きながら外に出てきました。
うさぎたちは、お美代を見あげて、「ごめんね、泣かしちゃって。雪の精は、お父さんとお母さんは今もあなたを見守っていることを教えたかったの。赤ん坊は、あなただと思って大事に育てているそうよ。あなたも、そのことを忘れずにがんばるのよ」
お美代が目にたまった涙をふくと、うさぎたちの姿はありませんでした。

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