常吉に起きたこと(後編)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(211)
「常吉に起きたこと」(後編)
常吉が「おまえか!」と叫んだ相手は、キーンという声を出しながら長い首を何回も振りました。
子供の鹿のようです。自分と同じように雪で困っているようなので、「迷子にでもなったのか?」と聞きました。
しかし、鹿はそれには答えず、「よくお越しくださいました。あなたがここまで来てくれなかったらどうしようと心配していました」と答えました。
「歩けなくなっているのか?」
「私は大丈夫ですが・・・」雌の鹿のようです。
「それなら誰が?」
「こちらに来てくださいませんか?」
「おまえのいるところに行けばいいのだな」常吉は雪に足を取られながら前に進みました。幸い木が密生しているので木に捕まりながらようやく鹿が待っている場所に着くことができました。
木に手をついて休んでいると、鹿は、「ありがとうざいます」と礼を言いました。
「それで誰が困っているのだ?」
鹿は足を雪から引き抜きながら、少し奥に行きました。常吉もついていきました。すぐに「ここです」と足元をさしました。
そこだけ雪がなく、下草が見えていました。「そこに誰かいるのか」と聞くと、少しうなずきました。常吉が近づこうとすると、「危ないです。ここに大きな穴が開いています」と言うと、今までとはちがう大きな声で、「お母さん、やさしい人間が来てくれたよ。もう少しで助けるからね」と叫びました。
「ありがとうね」下から弱弱しい声が聞こえました。
常吉は下草をよけて下をのぞきこみましたが、暗くてよく見えませんでした。
相当深い穴のようです。「お母さんはここに落ちたのか?」
「そうです。二人で歩いているとき、穴が開いているに気づかなかったのです。その時、お母さんはとっさに私を押しのけて落ちないようにしてくれました」鹿は泣きそうな声で答えました。
「けがをしてるのか?」
「それはわかりません。聞いてもお母さんは、『大丈夫』と答えるだけです。早く助けてやりたいのです」
「そうだろうな。それはいつごろなのか?」
「もう5日目です。食べるものは入れています」
「それは心配だな」
「この雪で誰もここを通らないので助けを求めることができません。
あなたが毎日のようにここに来ているのを思いだして、お願いしようかと考えました。家もこの近くにあるのを知っていましたから」
「でも、足跡は人間のものだったが」
「私が作りました」
「ほんとか!」
「はい。これです」木の根元に木の皮が二つ置いてあった。
「これを人間が歩いたようにしました」
「そうだったのか!でも時間がかかっただろう」
「お母さんのことを思えば何でもありませんでした。二本足に見せるために工夫しましたが。二本足などと言ってごめんなさい」
「いや。人間は二本足だから」そう言いながら、常吉は何とかできないか考えました。「そうだ!縄とかごがある。寒い間は使わないから持ってきても大丈夫だ。それを下におろそう。次のことはそれから考えよう」
翌日よく晴れていたので朝早く縄とかごを持って山に入ろうとしました。
すると、あの鹿が待っていました。「ほんとにありがとうございます。縄を引っ張ってくれる仲間が来てくれました」と言うと、木の陰から、大きな鹿三頭と巨大な猪二頭があらわれました。
鹿はともかく猪にはびっくりしました。猪は何回も見ましたが、こんなに近くで見るのは初めてだったからです。
「熊の仲間もいるのですが、今冬眠しているので来ることができません」
「でも、よく仲間が見つかったな。見つからないと言っていたが」
「はい。あなたが助けてくれるので山中を走りまわって探しました。それじゃ、猪の背中に乗ってください」
常吉は最初迷いましたが、猪が大きな体を低くして乗りやすくしてくれたので、乗らざるをえません。
前に行く猪が雪を払いのけて、常吉を乗せた猪は後からついていきました。
すぐに穴に着くとかごに縄を結び、ゆっくり下ろしました。みんなでひっぱりました。すると、あっという間に地上に上がってきました。
母親は何回も常吉にお礼を言いました。また、全員が山の下まで送ってくれました。常吉の心は春のように温かくなりました。
数日後、常吉の家が火事になりました。どうしてそうなったかはわかりませんが、ぱちぱちという音で目を覚ますと火に囲まれていました。
「お父さん、お母さん」と別の部屋で寝ている両親を呼びました。しかし、さらに激しくなった火勢の音で両親の声は聞こえません。
その時、炎の向こうに何かが動いたような気がしました。「常吉さん!大丈夫ですか」と叫ぶ声が聞こえてきました。
それが誰だかわかりませんでしたが、「奥に親がいる!」と叫びました。
すると、黒い影がどんどん奥に入っていきました。常吉も誰かにぶつかられたと思うまもなく、ごろごろと外に転がっていきました。
気がつくと、母屋から離れている納屋で寝ていました。そばには両親がいます。二人とも顔などに火傷をしていますが大丈夫のようです。常吉を見て、「夢かと思った。鹿や猪がわしらを助けてくれたんじゃ」と父親が言いました。
母親も、「獣はみんな体に火がついていたが、かまわず私らを外に出してくれた」
とその様子を話しました。
常吉のそばには鹿を助けたときの縄とかごがありました。それを見ていると、自分たちを助けてくれた鹿や猪が大丈夫だったか心配になり早く山に行こうと思いました。

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