桜の乱

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(83)
「桜の乱」
昔のことじゃった。そうはいっても、今ではそんなことは起こらないというとそんなことはない。
年中、特に春になると、そういうことは今もあるが、今から話をすることが起きてから、お互いが大事(おおごと)にならないようにしているということじゃ。
何の話かさっぱりわからない、早くはじめろと言われそうじゃが、わしもどこから話したらいいのか今考えておる。
さて、花というものをご存じじゃろか?もう怒らしたかな?まあ、そう怒らんで花を愛ずるような気分になってくだされ。
春には桜や梅が咲くし、夏にも、秋にも、冬にも咲く。それでは、どうして咲くかということじゃが、今の方(かた)はむずかしい理屈を並べるじゃろが、一言で言えば、花の精というものが、咲いたり枯らしたりするのを差配しておる。
また子供だましのようなことを言ってと思うておられるだろうが、それが真実だということを話そう。
昔、5,6才の娘がいた。名前はお米(よね)といって、それはそれはやさしい子じゃった。
5月の終わりごろに、お米は、近くにある大きな桜の木を見あげていた。
「桜の木さん、お願いがあります。 わたしのお母様は、ここに座って満開の花を見るのが大好きです。
しかし、去年の夏から重い病気になり、動くこともできません。今年の春が最後のように思いますので、なんとかあなたを見せてやりたいのです。
しかし、雨や風が強くなると花が散ってしまうかもしれません。お母様を連れてくるまで、もう少し咲いていてくれませんか」と声をかけた。
すると、桜の木は返事した。「お米、おまえの願いはわかった。しかし、わたしらが咲いたり散ったりするのは、自分で決めることではありません。夜中に花の精が来て、咲かしたり枯らしたりするのです。今日明日にも、花の精は来るだろうが、もう少し待ってくれるように頼んでみます」
もちろん、その声はお米には聞こえなかったが、お米の目にはいっぱい涙が溜まっておったそうじゃ。
やはり、その晩、風の格好をした花の精がやってきた。ここで、今咲いているのに、どうして花の精なんだと思う人もいるじゃろ。
よく気がついた。花の精には、咲かすのと枯らすとの二人がいる。二人で花の精なのじゃ。
枯らす方は次の段取りをする大事な役なんじゃが、誰からも嫌われておる。
だから、この世の酸いも甘いも噛みわけた老婆が多い。情に流されたりしてはいけないからじゃな。
「そろそろ、雨や風で散るようにしようかの」枯らす方の花の精が言った。
その桜の木は、昼間娘から聞いた願いを話し、母親が来るまで少し待ってもらえないかと頼んだ。
「何を言っておる。わしらは、場所ごとに枯らしていき、次の準備をしなければならぬ。おまえたちも、次に春には新しい気持ちで咲きたいじゃろ」とにべもなかった。
しかし、桜の木は譲らない。「そこを何とか」としつこく食いさがったが、「もういい。
「明日からじゃ」と闇に消えた。桜の木は、お米と母親を思って、大声で泣いた。
その鳴き声は、その在所中に聞こえたそうな。その在所には、里や山を含めて、何千本という桜の木があったそうじゃが、桜の木は近くの木と話したそうだ。
そして、「わたしたちの運命は花の精に握られているといっても、三日四日遅れても、何が問題なの」という考えにまとまっていった。
翌日は強い風雨が襲ってきたが、みんな力を込めて花びらが散るのを我慢したそうじゃ。そんな日にも、お米は傘も差さず、その桜の木までやってきて、「桜の木さん、もう少しがんばって。今、お母様を乗せるものを探しているから」と叫びました。
桜の木は苦しかったが、なんとかその日は散らさずにすんだ。
在所の桜もがんばった。6月になっても、どの桜も満開のままじゃった。人々も驚いて、梅雨の合間に花見をした。
これには二人の花の精も困ったそうじゃ。特に、枯らす花の精は、遠くで仕事をしていたが、また戻ってきて、「もう二度と花が咲かないようにしてやる」と怒鳴ったそうじゃが、在所の桜は咲いたままであった。
ようやく、お米が借りた車に母親を乗せてやってきた。「桜の木さん、ありがとう。お母様の病気がさらに悪くなって連れてこられませんでしたが、今朝、少し調子がよくなったので、借りている車に乗せてきました」とうれしそうに言った。
車に乗せられた母親もうれしそうに笑顔で桜を見上げていたが、翌日息を引きとったそうじゃ。そして、在所の桜の木は、その晩花を散らした。
次の年、春になっても、在所の桜は咲かなかった。花の精が来なかったからじゃ。
泣きだす桜の木もあったが、自分たちは悪いことをしていないのだからとみんなで励ましあった。人々も、「あのときの祟(たた)りか」と訝(いぶか)った。
20年ほどすると、咲かす花の精がやってきた。「さあ、今年から咲いてもいいわ」と言ったそうじゃが、どの桜の木も、「けっこうです」と断った。
毎年そういうことが続いたが、ある年、二人の花の精がやってきて、今までのことを許してほしい。今後は、十分話を聞くからと頭を下げたそうじゃ。こんなことがよそに知られたら大変なことになると思ったのじゃな。
それから、数日すると、何千本という桜が一気に咲いた。人々の顔も桜色に染まっていたが、その中に、子供を抱いたお米もいたそうじゃ。

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