影男の能力

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(39)
「影男の能力」
「影男、待ってくれ~」背後から声がしました。振りかえると、同じクラスの鷹彦のようです。
影男が待っていると、ランドセルをカタカタ言わせながら走ってきた鷹彦は、はぁ、はぁと息をしながら、「きみにお願いがあるんだ」と言いました。
影男は、あいまいにうなずきました。ひょっとして思ったからです。
「今度、ママが手術を受けるんだけど、パパは、医者から、かなり危険な手術なので覚悟をしていてほしいと言われたんだ。それで、手術は成功するかどうかきみに聞いておきたいんだ」
「そんなこと聞かれても、ぼくにはわからないよ。ママはがんばってくれるよ」影男は、案の定だと思いながら答えました。
「そんなこと言わないで、教えてくれ。別にまちがっていても怒りゃしないよ。
ママが死んだらどうしようと思うと寝られないんだ。パパもそうだよ。いつまでも起きている。妹もそうだと思う。妹はまだ5才なんだ。
だから、ママに、もしものことがあれば、妹を守ってやりたいんだ。そのために、今から心の準備をしておきたい。わかってくれよ、影男、教えてくれ」雅彦は必至で頼みました。
影男は、困ったなあと思いながら、鷹彦を横道に入れてから言いました。
「鷹彦、よく聞いてくれ。きみのママがそんなに悪いとは知らなかった。ぼくとしては、手術がうまくいくことを祈るしかできないんだ」
「影男、水臭いこと言うなよ。きみに予知能力があることはわかっている。今までも、それで、命が助かったものは何人もいるんだから。
この前も、圭子が横断歩道を渡ろうとしたとき、きみは、待て!と言ったじゃないか。
それで、圭子は止まった。すると、信号無視をしたトラックが突っこんできた。圭子は、何事もなかったように、道を渡っていったけど、きみが止めなかったら、圭子はたいへんなことになっていたはずだ」
「いや、あれは圭子に聞きたいことがあっただけなんだよ」
「そんなことはない。いつかは清造が落した財布を見つけたし・・・」
「いや、偶然だよ」
「きみには予知能力がある!」
「神様じゃあるまいし、そんなものはないよ。テストに山を張っても、外れてばかりだし」
「そんなことはどうでもいいけど、ママの手術が成功するか占ってくれ」
鷹彦の子は真剣そのものでした。
「そうか、それなら、やってみる。しかし、意識を集中しなければならないから、2、3日待ってくれないか」
鷹彦はようやく納得して帰りました。
影男は、鷹彦を見送りながら、3年前のことを思いだしました。影男も、パパを病気で失ったのです。
あるとき、病院へ行くと、ベッドで寝ていたパパは、「影男、ドアの鍵をかけてくれ」と言いました。
鍵をかけて、ベッドのそばに行くと、パパは、「お前に言っておくことがある。しかし、このことは、ママにも楓にも内緒だよ」と言いました。
影男がうなずくと、パパは、影男の目を見て、ゆっくり、しかし、しっかりした声で話しかけました。
「お前は、まだ小学2年生だから、大人になるまでは長い時間がある。その間に自分の能力に気づくかもしれないが、それを、自分のためにも、誰かのためにも使ってはならないよ」
「それは、どんな能力なの?」影男は、パパの様子に緊張していましたが、ようやく聞きました。
「いや、それは言えない。知らないまま人生を終えた祖先もいたと聞いている。それのほうが、どれほど幸福な人生を送ることができたか!」パパの目には涙が浮かんでいました。
しかし、それを振りきって、「今のことを忘れろ。そして、覚えておけ」と言いました。
パパは、翌日亡くなりました。
その2年後、つまり、昨年、急に頭がしめつけられるようになったことがあります。
ベッドで横になっていると、頭の中がぐるぐる回りはじめました。ママ!と呼ぼうとしても、声が出ません。
しかし、しばらくすると頭が晴れわたったようになりました。どうしたんだろうと頭の中に力を入れたり、緩めたりしていると、何かを操れるような気がしてきました。
試しに、ぐっと力を入れつづけていると、何と時計が止まったままなのに気づきました。
今度は、力を緩めると、時計の秒針がぐるぐる回っています。
数か月の間、毎日練習をしました。すると、そんなに意識を集中しなくても、時計を止めたり、短針がぐるぐる回したりできるようになりました。
練習をすれば、いくらでも時間を止めたり、進めたりできそうです。いや、前にさかのぼることさえできそうです。
調子になって同級生を助けたことがありますが、あるとき、「待てよ。これがパパが言っていた能力かもしれない」と思いました。それで、これ以上、時間を操ることはやめようと思いました。
放課後、鷹彦には、能力を使わずに、「大丈夫!ママの手術は成功するよ」と励まそうと決めました。
「自分の能力を見つけ、伸ばすことが大事なことだ」今、担任の藤本先生の声が聞こえていますが。

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