空の上の物語(2)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(38)

「空の上の物語」
振りかえると、一本の傘がバタバタと近づいてきました。緑色の傘です。しかし、見覚えがありません。
しかし、向こうは知っているようで、「ちょうどよかった。すぐに来てください」と叫びました。
「どこだ!」黒い傘が聞きました。緑色の傘は、自分の先で方角を指しました。
しかし、そちらを見ると、今まさに夕日が沈みこもうとしている瞬間で、まぶしくて何も見えません。「とにかく行こう。案内してくれ」と答えました。
緑色の傘は、「はい」と答えると、すぐに飛びたちました。ちょうどそちらに向かって風が吹いていたので、みるみるスピードが出ました。
しばらくして、緑色の傘はスピードを緩めました。そして、きょろきょろ見ました。
「誰もいないじゃないか」ビニール傘が言いました。
緑色の傘は、「おかしいな。どこへ行ったんだろう?」と、独り言のように言いました。
すでに暗くなっていたので、全く見えないのです。
「下のほうで、何かが動いているようだわ」花柄の傘が言いました。そこで、みんなで少し身をすぼめながら下りていきました。
やがて、怒鳴り声や、何かぶつかる音がしてきました。緑色の傘は、そちらに向かい、「みんな、やめてくれ!話を聞いてくれるものを連れてきたから!」と叫びました。
しばらく声や音が聞こえていましたが、緑色の傘が割ってはいると、ようやく、ハア、ハアという息切れの音だけになりました。
濃い色の傘はよく見えませんが、目を凝らしてみると、10本ぐらいの傘がいるようです。
「何があったんだ?」黒い傘が聞きました。
しばらくしてから、「こいつらが暴力を振るってきたんですよ」と、一方の傘が言いました。「お前たちがわざと挑発するからこうなったんだ」と、もう一方も喧嘩腰に答えました。
「そもそもの発端は何だ?」黒い傘が、また聞きました。
「みんなで、たわいもない話をしていたんですよ。『この前、スカイツリーと東京タワーの先っぽにすわって、東京の夜景を楽しんできたよ』なんて言っていたら、こいつらが、『ぼくらは、エッフェル塔から、ドバイにあるブルジュ・ハリファ、ムンバイのインデアタワーなど、世界の高層ビルはほとんど行きました』とか自慢するんです」
「そうですよ。いつらが空に来たとき、手取り足取り面倒をみやったにもかかわらずです」
「こいつらは、ぼくらを馬鹿にしているんですよ。長くいるのに偏西風にも乗れないのかと」
「そんなことないですよ。ただ、事実を言っただけです」もう一方も弁明しました。
「まるで子供の喧嘩じゃないか。きみたちも、いずれここの中核を担わなければならないんだ。相手をどう思おうと勝手だが、それを言動であらわすのは大人じゃない」
「それ見ろ」先輩の傘たちが言いました。
「いや、きみたちもだ」黒い傘は、ぴしゃりと言いました。
「とにかく、自分が恵まれていることを忘れてはいけない。人間に捨てられても、もう一度生きなしてやると、みんながんばってここに来たんだけど、それは自分一人ではできない。強い心と体で生まれてきたことを感謝すべきなんだ。
他人がうらやむ傘でも、生きることをあきらめて、地上で朽ちはてるものはいくらでもいる。
また、ここにいる仲間は、ビニールという逆光をはねかえして、ここまで這いあがってきた。ぼくの一番の親友だ」みんなはビニール傘を見た。ビニール傘は恥ずかしそうにうなずいた。
「プライドという言葉がある。最近は、『プライドが高い』などと、相手を批判するときに使うが、本来は、生きていくために一番大事なものなんだ。
それは、きみたちのように、短い間に偏西風に乗る技術を身につけたものにも、ぼくたちのように、いつまで立ってもできないものにも、等しくあるものだ。
また、うまくいっているときも、プライドが自分を有頂天にさせないようにしてくれるし、不幸だと思っているときも、プライドが元気をくれるんだ。それくらい、プライドというものは大事なものだ。
互いに相手のプライドを認めあえば、喧嘩なんて起こらないよ。喧嘩して、世間を狭くすることはない。もっとも、空は、陸より何万倍も広いけど」
喧嘩の当事者は、黒い傘の話に納得して仲直りしました。それから、夜の空に消えていきました。

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