「人の風景100選」の(2)

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「人の風景100選」の(2)
じめじめした梅雨のあとは、べちょべちょの夏が来る。特に今年は関西でも節電ゆうているけど、フツーの家はしないな。午後が厳しいゆわれても、そのまま聞いたら命取りや。
去年までは、クーラーつけやとゆわれても、始末したり、暑い寒いの感覚が鈍うなって死ぬとしよりが多かった。今年は、お国に協力して死ぬとしよりがさらに増えるのやないか。
ところで、最近見ることが少なくなったけど、昔は、夕方になると、水を撒いた玄関に籐椅子なんかで夕涼みしたもんや。
この前、車に乗っていて、としよりがそうしているのを見て、思わず涙がこぼれた。
今日(きょうび)、あれほど幸せな風景はないんやないか。それで、あの風景を「人の風景100選」の2番目にする。
ぱっと見ると、動かへんから、浴衣かステテコ姿のニンギョさんか、あるいは、死んどるのとちがうかと思うけど、近所の人が声をかけたら、うなずいたりしているからまだ生きているようや。
そして、じじいにしても、ばばあにしても、その風景におさまるのは、70代や80代は早すぎる。やっぱり90代からやな。
なんで幸せか説明しよか。まず昔の家に住んでいる。としよりにマンションは似合わん(マンションで飼われている犬がフローリングを走るときの音を聞くと「さぶいぼ」が出る。それと同じような気分になる。ほっといてくれゆわれるやろけど)。
そして、心身が健康である。昼間は奥で寝ていても、夕方、少し涼しくなれば、「どおれ、外を見てやるか」とゆう好奇心と体力が残っているのや。
最後に、本人を介添えする家族がいる。ここまで到達をする人間は少ない。
人生をうまく生きてきて、後は悠々自適やと考えていても、病院で寝たきりになるもんが多い。
家に帰りたい、帰りたいと家族に訴えても、聞いてもらわれへん(ぼくも、両親が同時に入院したので、親の希望を聞けなかった)。
そして、何年も病院や施設にいて死ぬと、ヘルパーが弔辞を読むことがある(違和感あるわ)。
そのとしよりがいる家は、多分、生まれた家や。ここで大きくなって、学校へ行って、ここから、兵隊にも行ったんやろ。
「同級生は大勢いたけど、大勢戦死した。生きて帰ってきたもんも、みんながんばって仕事をし、子供を大きくしてきたが、年には勝てん。
源ちゃんは、嫁はんが死んでから急に耄碌して死んだし、マーちゃんは、家族もわらんようになっているようや。わしらに自慢していた娘が、毎日来て世話をしているらしいが」てなことを思うているかもしらん。
老後は悠々自適にと思うていたのに、ほとんどがこの有様や(その風景のとしよりを除いて)。
つまり、「終わりよければすべてよし」の反対の人生や(「真逆」とゆう言葉は使いたくないが)。
最後は自分の思うようにならなかっても、今までのことを考えたら、ええ人生やったと思えるか。あんだけがんばってきたのに、こんな終わり方かいと不満をもって死ぬのか。
どうしたらええのやろか。「この世の地獄」とゆう言葉があるやろ(たとえば、津波の様子など)。それは、「この世は極楽」とゆう前提がある。この世とゆう極楽で、一人不幸になるのはたまらんとなる。
それなら、「この世は地獄」と思うのはどうや。そう思えば、「終わり」ぐらいのことで自分がやってきたことがなくならへんぞと思えるかもしれんな。
これからは、どこかの家の前にすわっているステテコをはいたニンギョさんを見たら、通天閣のビリケンのように、どこか撫でることにしよう。

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