春の冒険(3)
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(118)
「春の冒険」(3)
「余裕があるわね」次女が三女をからかいました。
「どうせ一度の人生だから、どこへ転がるのか見るのもおもしろいかもね」
「そうね。地面に足をつけて生きるのも人生。転がってそこで生きるのも人生よ。
もっともわたしたちには手足がないから、生き方は一つよ。一つしかないとわかったら、それを楽しむべきよ」
「わたしたちは生(なま)だから、誰も手を出さないのが強みね」
「お姉さまがた。話はそれくらいにしてすぐに出かけましょ。ネコがまたこっちを見ているから」
なるほど、寝ていたネコが首を回してこちらを伺っています。何か気配を感じたようですが、「まさか豆粒が話すとは考えられん。それに、さっきにおいを嗅いだが食べられそうになかった」というような眼で見ています。
そのとき、玄関が開いて、「ただいま!」という声が聞こえました。女の子の声です。
「こっちへくるかもしれない。隠れましょ」えんどう豆の姉妹はそれぞれ元いた場所に隠れました。
足音はすぐそばまで来ました。ネコがニャーと鳴いてゆっくり体を起こして、足音のほうに行きました。
「パフ、ただいま。ママはお出かけだって。わたしもおやつを食べてすぐに行かなくっちゃ。パフも食べる」と話しています。パフと呼ばれたネコも、またニャーと返事をしました。
「さあ、今のうちよ」
「何をするの」
「子供はどこかに行くと言っている。一緒にでかけるのよ」
「でも、どこに隠れるの。ポケットは、手を入れられたらすぐに見つかるわよ」
「何か荷物を持っているはずよ。でも、口が開いていなかったらあきらめるけど」
立ちあがるような音がしました。えんどう豆の姉妹は子供の後を追いかけました。
女の子は台所を出ると、二階に上がったので、下で待ちました。すぐにドアがバタンと閉まると、階段をバタバタと下りてきました。
「口が開いている袋よ」
「あの中に入りましょう」
姉妹は玄関までついていきました。靴を履くとき、袋を床に置きました。「さあ、ジャンプ!」
4姉妹は無事に袋に入ることができました。
10分ほどすると、袋の揺れは止まりました。どこかの玄関が開くと、ピアノの音が聞こえてきました。「ピアノを習っているんだ」
すると、「斉藤さん、今日は前回のおさらいからね」という声が聞こえました。
袋は、生徒用の棚に置かれましたので、外は見えませんが、音はよく聞こえました。
ピアノのレッスンがはじまりました。しばらく聞いていた三女が、「なんてへたくそなの。この子センスがないわ」と言い放ちました。
「さっき莢(さや)から出てきたのに、どうしてそれがわかるの」長女が聞きました。
「それが、さっきお姉さんが言っていた小説的真実じゃない。
生徒のへたくそなピアノを聞くと頭がおかしくるというピアノ教師がいるそうよ」
「じゃ、止めたらいいじゃない」五女も言いました。
「元を取るまで稼がなければならないから、そういうわけにはいかないの」
「下世話なことまで知っている!」
やがてレッスンは終りました。「さあ、帰れるわ」
「これからどうするの?」
「広っぱにでも行ったら、そこでジャンプしましょ」
「先生、ありがとうございました」という声とともに、袋が持ちあがりました。
玄関を出ると、どうも家とはちがう方向に行っているようです。丸いだけに、姉妹の方向感覚は天性のもので、一度通った道はすぐわかります。
賑やかな様子です。どこかのスーパーかもしれません。
部屋に入ると、「ヘロー、ミカ」という声が聞こえてきました。
「今度は英会話かよ」三女は黙っておれないようです。
「最近の小学生は忙しいのね」長女が驚いたように言いました。
「そうよ。英語やダンスが必須科目になったようよ」次女が答えました。
「よく知っているわね」またもや三女です。
「あなたの得意な小説的真実よ。作者的妄想かもしれないけど」