別の場所

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(48)
「別の場所」
キャーキャーという声が近づいてきます。
「あいつらだな」この場所の監督を任されているおじいさんは思いました。
案の定、3人の男の子が大きな声でしゃべりながら帰ってきました。
「おまえたち、また悪さをしてきたのか」そのおじいさんは言いました。しかし、そんなに怒っているようには見えません。白いあごひげをなでているからです。
中学生ぐらいの男の子が、まだ興奮を残しながら答えました。「おじいさんから、『あまりいたずらをするな』と言われていますが、ある家にいると、そこの男の子が、大きな体をしているのに、どうもこわがりのようで、風が窓をガタンと言わせるだけで、飛びあがるほど驚くのです」
「きっと夜一人で留守番するのははじめてのようだったな」小学高学年ぐらいの男の子も答えました。
「それで、誘惑に負けてしまって、1人でゲームをしているときに、部屋の蛍光灯を消したりつけたりしてやったんです」同級生ぐらいの男の子も、おもしろそうに話しました。
「そのこわがりようといったら!幼稚園の子供みたいに、ママ~って泣くんですよ」
3人は、またキャーキャーとおしゃべりをはじめました。
おじいさんは、3人の話を止めて、「その子供に何かあったらどうするんだ。肝試しでもしているのなら、少しはいいが」
おじいさんは、「するな」と叱っても、いつも「おまけ」をくれるので、子供たちはおじいさんが大好きでした。
「こんなことをできるのは100年ぐらいなんでしょう?」中学生が聞きました。
「今まではな。しかし、200年にしようかという話もあるんじゃ」
「どうしてですか?」
「最近は、100年では短すぎるのはないかという話がある。
iSP細胞などのように、医学がどんどん発達して、人間は、100才どころか120才、130才と長生きするようになった。おまえたちの親や兄弟もそうなるかもしれん。
いつまでもおまえたちのことを思いだす。そうなると、おまえたちは、別の場所に行けない。
200年なら、おまえたちのことを直接覚えているものはいないから、おまえたちも、心おきなくここを離れることができるというものじゃ」
「でも、200年もいたずらできるんでしょう?」
「今のうちだけじゃ。2、30年もすれば、飽きてくるぞ。それに、200年立っても、みんなの推薦がないと、次の場所に行けない」
「どうすればいいのですか?」
「日頃の修行が大事だ。これからもどんどん新人が来る。おまえたちのような子供から、それこそ100才のとしよりもいる。
子供はともかく、100才のとしよりの心を落ちつかせ、そして、ここで何をするかを教えなければならない。ここは、1日でも、1時間でも早く来たものが先生になるからな」
「わかりました。それじゃ、今から勉強してきます」3人は、声をそろえて返事をして、教室に向かいました。
おじいさんは、3人を見送りながら、「どうせ、すぐにどこかの旅館の廊下を兵隊の姿で行進したり、タクシーの運転手をからかったりするのじゃろ」と笑顔で見送りました。
「まあ、それも仕方がない。最初ここに来たときは泣いてばかりいたのに、元気になったものじゃ。
誰でも、いつかはここに来るとはいうものの、あの年頃でな」おじいさんは、今度は胸を詰まらせました。
そのとき、「おじいさん」という声が聞えました。振りかえると、この場所はじまって以来の秀才と言われている子供でした。まだ、小学校に入ったばかりのようでした。
「また何か聞きたいのか。わしは耄碌(もうろく)してからここに来たので、おまえのような秀才に、何も教えてやることができない。わからないことは、他の先生に聞いておくれ」おじいさんは、あわてて言いました。
「いや、そうじゃありません。次の場所に行くお許しが出たのです。それで、おじいさんにお別れの挨拶をしようと」
「そうじゃたか。100年でも行くものが少ないのに、おまえは、10年でお許しが出たのか。それはおめでとう」
「ありがとうございました。いろいろお世話になりました」
「いやいや、わしは何もしとらん。確かおまえは、戦争のとき、空襲で死んだのだったな」
「そうです」
「生きていれば、大きな仕事をしたはずなのに」
「それはどうかわからないです。でも、夢を追いかけたかったです」
おじいさんは言葉が出ませんでした。
「死んだときは悔しくて毎日泣いてばかりいました。しかし、戦争が終わると、親も、徐々に元気が出てきました。そして、ぼくの弟や妹も生まれました。
ぼくも、このままではいけないと思い、『肉体のない心とは』というテーマで考えるようになりました」
「向こうでも、みんなの手本になってくれよ」おじいさんが声をかけると、その男の子は、「おじいさんもお元気で」と言うと、すっと消えました。
そのとき、また誰かがこちらに来るように音がしました。
おじいさんは、「新人が来たな。子供じゃないといいが」と独り言を言いながら、出迎えに行きました。

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