バーにて

   

今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~

「バーにて」
――マスター、水割りおかわり
――お客さん、どうしたんですか
――何が?
――いつもなら味わって飲んでいるのに、今日は流しこむようにしているから、何かあったのかと思いましてね
――そう見えましたか?
――いやなことがあったら、早く帰ってお休みになったら
――今度はゆっくり味わうからさ。もういっぱい
――わかりました
――マスターが作る水割りはうまいよね
――ありがとうございます
――昔アメリカに出張したとき、水割りを頼んだら、おまえは子供かという顔をされました
それ以来ロックで飲んでいたのですが、胃をやられちゃって。それで、ウイスキーを飲まなくなったのですが、上司がウイスキー好きで、ぼくも、水割りを久々に飲んだら、これがうまくて
――最近は、外国でも水割を飲むようですよ。食文化のちがいでしょうが、結局は個人の好みが勝つのでしょうね
ところで、上司っていつもいっしょに来られる方?
――そうです
――最近はお見えになりませんね
――いろいろありましてね
――会社で?
――ええ。すばらしい上司でした
――でした?
――そうなんです。派閥戦争に巻きこまれてしまったのですが、上司は会社を背負って立つぐらいの実力をもっていたので、どちらの派閥からも誘われていたんです
でも、上司はどちらにも与(くみ)することなく、いや、どちらにも痛い所をつくようなことを言ったので、居場所がなくなって退社しました
――そうでしたか。あなたは大丈夫でしたか
――上司についていこうとしたのですが、上司に、『お前は若い。人間としても、キャリアとしても、もっと実力をつけてからにしろ』と反対されました
――それはたいへんでしたね
――上司は、いつも自分の言葉に責任を持てといっていました。そして、言葉どおりにならないときは、真剣に謝れと
――いい上司に巡りあいましたね
――最近は、言葉を単なる道具としか考えていないやつが増えたと思いませんか
例のデザイナーも、『自分の集大成です』とか言いながら、内々で、修正をしていたというじゃありませんか。パクリかどうかは知りませんが
――ネットで言うやつが悪いとか言いだしていますものね。『雲行きが怪しい』といいますが、雲行きを変えるものがいるんでしょうね
――ほんとに馬鹿が多すぎますよ。人生も水割りのほうがいいですかね。正義感でも努力でも
――そんなことはないとい思いますよ。水割りがおいしいときも、ロックがたまらないときもあるはずです。また、酒やビールが飲みたいときもあるでしょうし、もちろん飲まないときもあっていいんじゃないですか
――そうでしょうね
――私も、若いとき宮仕えしたことがありましてね。でも、私の場合は、上司とうまくいかなくて辞めてしまったんです
それで、長い間プータロ―をしていましたが、これからどう生きていこうかと迷っていたとき、昔田舎のばあさんが、苦しければお経をあげろと教えてくれたことを思いだしました
でも、お経なんか忘れたので、『むにゃむにゃ』と腹で言うと、不思議なことに、いやなこと、腹が立つことが収まったのです。それで、今も、『むにゃむにゃ』と言っています。
――『むにゃむにゃ』か。これからぼくも言いますよ
――それに、『反省すれど、後悔なし』が私の人生訓でね。自分を楽にするようにしなければ、人生は苦しいばっかりりだからね。あっ、すみません。調子に乗りすぎました
――いや、ほんとに勉強になりました。水割りもう一杯。いや、もう帰ります。『むにゃむにゃ』をマスターして、また来ます

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