ある裁判
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(110)
「ある裁判」
「静粛に!それでは開廷します」大きな声が裁判所に響きました。
それまで、ガチャガチャ、ドスンドスンという音がしていた廷内は静かになりました。ときおり、体をなおすためか、ギーギーという音がすることはありました。
裁判長が入って来ました。みんなの視線を浴びながら、ゆっくりと進みました。
裁判長は、年月を刻んだ渋い茶色で、何事にも動じない落ちつきがありました。
長い間どこかの家庭にいて、食事のときだけでなく、喜びや悲しみの時にも、そのまわりに家族が集まってきたテーブルのようです。そこから、この世のことをすべて見聞きしてきたという雰囲気が溢れていました、なるほど裁判長にふさわしい。
その後ろから、そのテーブルと時間を共にしてきた椅子2脚がついてきました(椅子はもっといるはずだが、法律上のことがあるのか、今日は2脚だけです)。
裁判長のテービルがゆっくり裁判長の場所に立ち止まると、2脚の椅子は、それぞれ、検事と弁護士の場所に行きました。
そして、100個ほどある傍聴席は、鍋や釜など厨房で使われるものや、ベッドやカーテンなどの家具や小物で満員でした。
「被告は前に」という箒の声で、傍聴席の一番前にいた引き出しと炬燵が被告席に向かいました。引き出しは、かなり興奮しているようで、がたがた震えています。
「それじゃ、始めます」箒が言うと、「その前に、ちょっといいですか?」引き出しが発言をもとめました。
箒が、裁判長の許可を確認すると、テーブルの裁判長はうなずきました。
「よろしい。特別に発言を許す。ただし手短に」
「今日は特別な裁判を行うという通知が来たので、引き出し代表として出廷したのですが、詳しく聞くと、炬燵と私らのどちらが悪いかという裁判だということらしいのですが、これって何の意味があります?一体全体私らは悪いことしましたか?
大体私らは、裁判長のお仲間の机の付属物ですよ。私らだけで存在できないんですよ!」引き出しはガタガタ体を震わせながら抗議しました。
すると、今までおとなしかった炬燵も、「私らは今が一番書き入れ時なんですよ。私らがいないと、おとしよりが、人間やネコのですが、寒さで風邪をひいたり、足腰が痛んだりします。この季節は、誰よりも役に立っているはずですがね!」と強い調子で不満を述べました。
裁判長は、「両人が、他のもの同様、家庭において役に立っているのはよくわかっている」と厳かに言いました。
「それじゃ、早く帰らせてくださいよ」炬燵が叫びました。
「まあ、待て。それはわかっているが、それでも、家庭で、『いつもこうだ!』と不満が出るのは、ほとんどの場合両名に関してだ。だから、両名から話を直接聞いて、その真相をあきらかにしたいのだ。
そして、それがわかれば、家庭にいる、10万とか20万とか言われている私たちの仲間も心安らかにして仕事に邁進(まいしん)できるのである。ほんの一部だが、傍聴席にいるものもそう思っているはずだ」裁判長は二人を説得しました。
傍聴席にいる茶碗、鍋、冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、タンス、カーペットなどは深くうなずきました。
被告席にいる二人も、それを見て、こうなったらこの裁判を認めざるをえないと思いました。
裁判は粛々と進みました。それによると、引き出しは、ありとあらゆるものを受け入れるが、いざ何かを探そうとしても、すぐにそれが見つかったためしはないというクレームが続出しているというのです。
たとえば、定規を探そうとするとすぐにわからないので、あせって山をひっくり返してもまったく見つからない。何日も立ってから、他の物を探しているとき、定規が引き出しの枠にピタッと引っついているというのです。
「以前定規をもどすとき、そんなことをしたおぼえはないので、これはまちがいなく引き出しの意地悪さである」と検察は主張しているのです。
炬燵の場合も、心地よさに身を任せていると、いつの間にかバスタオルやパジャマなどを隠してしまい、探しても見つからなかったというのです。
引き出しは、「整理しないからですよ。工夫すればすむことです。そんな言いがかりを言うなら、ポケットのほうが悪質です。いざ切符を出そうとしても見つからないことがあるでしょう?あれは、切符に命じて、手の甲のほうに行けと言っているんですよ」
炬燵も、「まるで泥棒扱いですね。私らも、おならは臭いし、カチカチになったタオルと何か月もつきあわなければなりません。そんなこと、自分たちの意思でするわけありませんよ」2人とも冤罪を主張しました。
裁判長は、5時間後判決を言いわたしました。「両名とも、自ら悪意を持って何かを隠したりすることは認められない。よって無罪とする。今後も、罵詈雑言に負けることなく、仕事に励まれんことを切に祈る」特別裁判はようやく終りました。