ママの教え
今日も、ムーズが降りてきた~きみと漫才を~
「ほんとにヘンな童話100選」の(61)
「ママの教え」
「美奈子、もっと大きく波を打つように。そう、ハイ、ロー、ハイ、ロー。もっと勢いをつけて!」
「ママ、もういやだ。疲れちゃう」
「何を言っているの。教えるのは、今日が最後かもしれないのよ。
妹や自分の子供に教えるときが必ず来るのよ。そのときに何も知らないでは恥ずかしいでしょ。
ママも、私のママから厳しく教えこまれたから、人並みにやってこられたのよ」
「でも、生きていくための遺伝子があるのだから、心配しなくてもいいわ」
「そんなものだけでは生きていけないわ。世の中はどんどん変わっているのよ。ママが子供のときに強烈なのが出てきて、大勢のとしよりが亡くなったわ。
残念ながら、ママのママも、昔のことにこだわりすぎて、それで命を落としたわ」
「逃げなかったの?」
「そうなの。それまでのように、少しぐらいにおっても心配ないと思ったようよ。
でも、成分がきついので、今までのような距離ではすまなかったのよ。
つまり、遺伝子の変化は、カメのようにのろいけど、世の中は、ウサギのようにどんどん進んでいるの。
イノベーション社会では、それをどう埋めるかを自分で考えなくっちゃ生きていけないの」
「ふーん」美奈子は気のない返事をしましたが、内心では、友だちのほとんどが突然母親と別れたことを知っていたので、今のうちに母親の言うことを聞いておくべきだろうと思いはじめていました。それに、母親の話は論理的で、女親(おんなおや)にありがちな感情だけで相手を打ちまかそうとする狡(ずる)さがないので、素直に心に届いたのです。
それから、毎日母親の特訓は続きました。
「とにかく、そこに誰かいても、あわてて近づかないこと。後ろからそっとよ。
後ろにシュッとやる人はいないから、とりあえずは安全よ。それに、黒っぽい服を着ていたら、さらに安全ね。
その人が一人っきりなら、まあ、不意打ちされることはないわ。まわりの様子を見てから、相手の首筋、耳の裏側、肘(ひじ)の死角を狙うの。
あっ、よく太ったおじさんが来たわよ。しかも、一人で。このおじさんを練習台にしましょ。どうやら、アルコールのにおいがする。夕べ、深酒でもしたのかしら。どうぞ来てくださいというようなものね。
大量の汗をかいている。汗をふきはじめたわ。今がチャンスよ。汗を拭くのに夢中で、止まっても、気がつかないから」
美奈子は、耳の裏側に止まりました。
「そうそう、その調子。首筋の汗を拭いても、耳の裏側は拭かないからね」
「でも、くさかったわ」
「加齢臭の出口があるからね。でも、一番安全よ。次は、足首を狙いましょう。ちょうど靴下を脱いでいるわよ」
美奈子は、スリッパを履いている足元に近づきました。ところが、あわてて母親がいる場所に戻りました。
「どうしたの?」
「足がくさくて、吐き気がするの」
「まあ、困った子ね。仕事なんだから、それくらい辛抱しなさい」
「でも、どうして、犬や猫にしないの。おじさんたちは、不意に攻撃してくるもの」
「犬や猫のものより栄養があるからよ。赤ちゃんを育てるのにはどうしても必要なの」、
「わかったわ」美奈子は、おじさんの足がくさいのを我慢して、お腹いっぱいにして戻ってきました。
「そうそう、その調子。相手は今頃掻きだしているわ。ママのママに見せたいぐらい上手よ。
それじゃ、最後のまとめをしておくわよ。まず、大きな波を打って動くこと。相手の攻撃を防ぐためね。なるべく鳴かないようにね、特に耳の近くでは。
そして、妙なにおいがしたらすぐに逃げること。初心を忘れないようにしたら、立派な菜女の一生を送れるから」
そのとき、バシッと言う音がしたので、美奈子はあわてて逃げましたが、先ほどの場所を見ると、ママがつぶれていました。
「何ていうことなの。ママ、ママ!」美奈子は、ママのいる場所に近づこうとしましたが、
空気が動いたように感じたので、あわてて飛びあがりました。案の定、また、バシッという音がしました。
あの太ったおじさんが、」手に何かを持って、美奈子を探していました。
美奈子は、本棚の上から、母親を見下ろして、「ママ、今までありがとう。そして、さよなら。これからはママの教えを守って生きていきます」とつぶやきました。
それから、仲間を探して飛びあがりました。仲間と助けあうことが一番大事なことなんだよというママの言葉を思いだしながら。