田中君をさがして(9)
国は、もう古い仕掛けなんだ。いや、古い仕掛けにしなくてはならない。
恐竜が絶滅したのは、隕石が地球にぶつかってからとも、大きくなりすぎたからとも言われている。
国が大きくなって、人間が不幸になるのは、まちがっている。
神が作ったものでなく、人間が作ったものは、必ず、人間が壊すことができる。
仕事を引退をした、いろいろな国の人(悠太、年を取ることは、すばらしいことなんだよというのが、パパの口癖だ)が、多くの人と知り合って、ゆっくり過ごして、人生を考える施設を、いろいろな国で作るのだといった。
もうそのへんまで熱弁した頃には、顔が赤くなって、咳が出始めていた。
ママは、もう止めないと、咳が止まらなくなるわよ。パパは、夢を見だすと、ほかが見えなくなんるんだからと、微笑みながら注意をした。
ぼくは、夢を語ることは、緊張することだろうかと思った。
これについても、パパが話したときに書くつもりだ。
結局、パパは、1ヶ月ほど、自分の部屋に閉じこもっていた。
とうとう、ぼくは、ママに、「パパは大丈夫?」と聞いた。
「大丈夫よ。部屋にいて、いろいろ考えているだけだから。早く悠太に話したいことがあるって言っていたわ」。
そして、ある日、午後3時ごろだったか、パパが自分の部屋から出てきて、「悠太、いっしょに行こう」と言って、靴を履き始めた。
パパは、いつもこういうところがある。突然、こうしようと言い出すのだ。しかし、今回、いろいろ話をすると、時間をかけて、考えているのだ。
そのときは、1ヵ月近く、パパと話していなかったので、ぼくもうれしくなり、ついていった。パパの役に立つことができることができそうで、うれしかった。
ぼくも、慌てて、靴をはいた。どこにいくのか聞かなかった。
家の前の道を、北に向かって、突き当たりを右に曲がった。そして、しばらくして、左に行く。そして、また左・・・。大きい公園に行くのか。その先の学校か。
そのままついていくと、公園の手前の高い木が生い茂っているところに止まった。どうしたの?ぼくは、思わずつぶやいた。
そこは、森のようになっているけど、そこに、何があるのかわかっていた。
7,8年前から使われなくなった病院が建っていた。パークサイド病院といって、ぼくも、名前は、聞いたことがあった。
前は、今、パパが通ったように行くのが学校への通学路だったらしい。
この「公園通り」は、商店街を通る、今の通学路より広く、車も少なかった。
しかも、近道だったのだが、パークサイド病院が原因で変更になったのだ。
しかも、パークサイド公園の横にある大きな公園でも、みんな遊ばなくなった。いや、学校から立ち入り禁止になった。
そのころのことは、もちろん、ぼくは覚えていないけれど、ママから聞いたところでは、小学生が、学校へ向かっているとき、病院には、大勢の人が集まっていた。
医者や看護婦たちは、外に出されて、大きな公園に集まっていた。玄関で、4,5人の男たちが何か叫んでいた。
しばらくすると、パトカーが来た。騒然としてきた。小学生は、学校の先生の誘導で、急いで学校へ行った。
その後も、長い間、若い男たちが、病院を出入りしていたらしい。
ぼくが、2年のころ、当時、その病院の院長先生が、学校で、講演してくれたことを思い出した。
先生は、ぼくの小学校の卒業生で、学校で、2,3回話をしたことがあった。
頭が真っ白で、杖をついていたので、お爺さんかと思ったが、校長先生より若いということだった。監禁されたりして、病気になったのだ。
「みなさん、キリストの愛とエロスの愛とはちがいます。ちょっとむずかしいので、説明します」という言葉で、話を始めた。
みんな、げらげら笑った。「これから、一人の人が好きになると思いますが、みんなのことを好きになることも大事だよ」。
そして、シュバイツアー博士やマリア・テレサなどの話をした。
噂では、院長先生が大きな借金をしていたけど、返せなくたって、病院が取られそうになったのだといっていた。
その後、先生は、どこか遠くで、医者をしているらしい。
ここまで来たのは久しぶりだった。たくさんの木が、伸び放題になっていたので、中が、見えにくくなっていた。
門は閉じられて、さびた鎖がかかっていた。その上には、「立入禁止」と、横に書かれたブリキ板があったが、字は、ほとんど消えかかっていた。
パパは、ぼくが、門の近くまで来るのを待っているようだったので、とにかく、そこまで行った。
門の向こうは、広場になっていて、コンクリートが、あちこち割れて、草が生い茂っていた。
おそるおそる、奥を覗いた。二つの建物が並んでいた。
壁ははがれたり、くすんだりしていた。ベランダには、いろいろなものが、雑然と積み重ねられていた。
窓ガラスは、かなり割れていた。
まるで、ドラキュラが住んでいる城のようだった。
以前は、若い人が、集まることがあったようだが、今は、だれも近づかなくなっていた。
高い木に覆われていることもあって、みんなは、この病院を忘れているか、忘れたがっているようだった。