田中君をさがして(4)

   

いろいろ冒険小説を読んだけど、主人公の家のことはあんまり書かれていないか、冒険が終わったときに、小説が終わることが多い。主人公の家族は、どんな気持ちで、待っているのだろう
もちろん、ぼくらの場合は、だれが聞いても豪華な旅行だから、何の危険も心配もないのだが。こんなにドキドキするのは、みんなに言わずに、行くからなのだろうか。
美奈子とは、一年生から、クラスがいっしょだ。美奈子がいると思うと、なんでもできそうな気がする。でも、この1ヶ月は辛かった。美奈子が、完全に、ぼくを無視しているのだ。ぼくが近づいても、どこかへ行ってしまう。
今回の理由は、大体わかっている。国語の授業のとき、ぼくは、ちょっと遅れて、教室へ行った。担当の吉沢先生が、「どうしたの?」と聞いてきたので、ぼくは、「ちょっと生理現象です」と答えた。
男子は、笑ったけど、女子は、軽蔑したような目で、ぼくを見た。それ以来だ。美奈子は、勘違いしているらしい。ぼくは、照れ隠しに、「トイレ」を、ちょっと賢ぶっただけなのに、妙なことを考えたらしい。
最近、美奈子は、生理がはじまったらしい。ママが、美奈子のママと電話で話をしているのを、ちょっと聞いたからだ。
生理については、大まかなことしかわからないし、それが、美奈子に始まったからといって、ぼくと美奈子に、何か関係するとは思えなかったので、ママにも聞かなかった。
どうやら、ぼくが、美奈子をからかったように勘違いしたのだ。また、女の子のことをからかったとでも思っているに違いない。ひょっとして絶交を決めているかもしれない。

パパは、一度、言ったことを取り消したり、誤解をといたりすることは、大変むずかしいと言っていた。ぼくも、それが、よくわかった。
この半年は、誤解の渦のなかにいたみたいだ。美奈子とのことではそうだし、学校を巻き込んだ大騒動も、多分、パパの仕事も、そうだっただろう。
誤解は、憎しみや悲しみという名前の子供を生み、人と人を裂く原因になる。
ぼくは、まだ経験が少ないけれど、人と人の間には、何か得体(えたい)の知れないものが潜んでいるような気がした。
パパは、こういう場合は、しばらく時間をおく以外方法がないと言っていた。
誤解を解く信頼関係が、たとえ一時的であっても、なくなっているのだから。
それでは、信頼関係とはなんだろう。パパの説明では、「理解しようとする気持ち」のことであり、それが通わなくなっていると言った。
それから、誤解は、いつも自分が受けているように思えるが、誤解をすることも、よくあるんだ。だから、自分の判断を考えなおすことを忘れないようにと、パパは、咳をしながら、つけくわえた。
そして、パパは、こんなことも話してくれた。今度のことでも誤解を受けたけど、見守ってくれる者もいる、それも、信頼の表れだ。
また、美奈子の顔を浮かんだ。
これから、美奈子は、ぼくを理解しようとしてくれるだろうか、そして、少しでも理解してくれるだろうか。
去年、美奈子の誕生日に招かれたとき、美奈子の部屋へ入った。そこは、ぼくや男子の部屋と違って、ピンクや黄色の華やかな部屋だった。まるで、おもちゃ屋のようでもあり、大人の雰囲気があるようだった。しかし、まじまじとは見ていない。
「ここへ入れたのは、男子では悠太君だけだからね」と言って、ぼくの眼をまじまじ見たときの顔を思い出そうとした。そのときは、何か怖そうな雰囲気になったので、「ありがとう」と言って、すぐに部屋を出た。あの時は、どうしたらよかったのだろう。
とにかく、また、あんなに仲よくなれるだろうかと考えた。
ところで、パパは、最近、いろいろな話をする。
言葉は、どんどん覚えたほうがいい。たとえ、場違いな使い方をしてもね。「失敗すること」以上の経験はないんだから。
とにかく、言葉は、人と人をつなぐもものだから、暗闇の中で、光のような役目をする。
しかし、人をあざけったり、ののしったりする言葉は、暗闇をさらに暗くする。
また、必要な言葉を探そうとしていると、自分の心にある、言葉になる前のものを感じるようになるし、また、言葉以外に、大事なものがあることがわかる。
なぜなら、言葉は、自分の気持ちをぴったり表すことができないときもある。
だから、ていねいに言葉を探して、自分を伝えるようにしなければならないし、相手の言葉も、奥まで理解しなければならない。
言葉は、花といっしょだよ。柔らかい土と、暖かい日の光があれば、少しの水で、すぐに咲くが、固い土と、暗闇のなかでは、なかなか咲かないんだ。
パパの話したくれたことは、まだ、よくわからないところが多いが、誤解を受けても、そこから逃げずに、がんばってみようと思った。
パパは、自分の経験を話してくれた。こんなことを書くと、変態の親子と思われるかもしれないが、ぼくが、教室で誤解され、美奈子にも、勘違いされていることを聞いて、自分が、今まで誰にも言わなかったことを言ってくれたのだから、ここで書くべきだろう。

パパも、誰も知らない言葉を、誰よりも早く使いたい子供だったらしい。
小学3年のころ、ようやく買ってもらったテレビを、毎日見ていた。
ある警察のドラマで、「生理」になった女の子が、万引きをして、警察に捕まったというような内容であった。
パパは、これは一大事だと思って、「生理って、なんなの?」(それを表す、古い言葉は、知っていたが、ここでは書かない)とお母さんに聞いた。
こういう話題は、今以上に、親を悩ますようだった。パパのお母さんに、男は知らなくていいのと叱られた。

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