田中君をさがして(20)
2016/04/05
パパは、午後6時ごろに、病院へ行った。きっと、いろいろ考えて、準備をしていることだろう。
ぼくも、その日は、朝から、どきどきして、苦しかった。明るいときでも、一人で歩くのは、あんなに怖いのに、夜、真っ暗なところを歩くなんて、とてもできない。
5年や6年は、やはりちがうと思った。
ぼくは、最初、1人で歩いたときに、まだ夏なのに、ひゃとした感じが、体に戻ってきた。
外は、まだ、明るさが残っていて、夕焼けが、雲を燃えていているようだった。
商店街の中は、明るく、大勢の人が、買物をしていた。
魚屋や八百屋の人が、大声を出して、客を呼び集めていた。
だれも、ぼくのことを、気づかないだろうと思って、あわてずに歩いた。
酒屋の中を、チラッとのぞくと、5,6人の人が、立って、お酒を飲んでいて、そのなかに、病院の門のところで、ぶつかりそうになったおじいさんが、夕陽よりも顔を赤くして、誰かと話をしているのが見えた。
商店街を通り抜けると、急に静かになった。
そして、7時前に病院に着いた。
病院のまわりは、街頭がついていないので、まだ暗くはなっていないけれど、濃い青みがかかったようになっていた。
しかし、林は、黒い影のようで、まるで、切り絵のように見えた。
パパが、門の内側にいて、集まってきた小学生を、一人一人入れた。
ぼくもいつものように、体を横にして入ったが、まるで、夜の隙間から、ちがう世界に行くように思えた。
門を入ると、パパと、数人の生徒が立っていた、
顔は、まだ見分けられる明るさだったが、ただ、名前が、出てこない人もいた。
あとから、二人来た。見ると、女子のようだった。
谷田が、見回して、「これで、みんな来ました」と、パパに、小さな声で言った。
ぼくらは、固まって、玄関のところへ行った。
パパが、鍵を開けていたので、中に入った。
すると、いつものところに、イスがなくて、左の壁の方に、丸く並べてあった。明かりが漏れないようにするためだろう。
ぼくらは、すわった。6人来ていた。
谷田と山下をいれて、6年生4人と、5年生2人だった。女子は、6年生だった。
パパは、懐中電灯をつけて、余っているイスの上に、用心深く置いた。
人やイスの影が、壁にうつった。
頭を動かしたり、座りなおしたりすると、影も、大きく動いた。
みんな、緊張をしているのがありありとわかった。
ぼくの左には、3人のマネキンが寝ていて、こっちを向いているはずだと思った。
ときおり、そちらが、気になって仕方がないので、チラッと見た。
そこは、真っ暗な闇になっていて、何か固まりにしか見えなかった。
「それでは」といって、パパは、ズボンの裏ポケットから、紙を取り出した。
ぼくは、パパは、また何か考えたぞと思った。
それを広げると、「大人になるためのコース」と書いてあった。
「野狐コース・・・従来のコース」
本館から別館へ行くのだが、夜は、何十倍も怖いだろう。
「火の玉コース・・本館から別館へ行き、第一手術室に入り、ノートに、自分の名前を書いて、そのまま進むコース」
ぼくは、手術室のノブを、ガチャと開く音が、耳に聞こえて、鳥肌が立った。
「墓場コース・・・本館から別館に行き、霊安室に入り、ノートに、自分の名前を書いて、そのまま進むコース」
霊安室の前を通るだけでも怖いのに、その中に入るなんて、この世に、「霊魂」があるとは思えないが、もしいるとしたら、わざわざ怒らせに行くようなものだろう。
ぼくは、頭が痛くなってきたが、「君子危きに近づかず」という「ことわざ」を思い浮かべた。
パパは、どうして、こんなことを考えたのだろう。きっと、6年生の谷田などの希望を聞いて、さすが、6年生になると、大人への道を探しはじめたのだと、うれしくなったに違いない。
3種類のコースを見て、みんな、小さな声ではあったが、えっーと叫んだ。
「きみたち、どのコースを選ぶかい?無理をせず、決めたらいいよ。それから、おじさんは、忙しくなってきたので、今日で終わりということにします」と、紙を広げたまま言った。
終わりということに反応はなかった。みんな、コースのことで、頭が一杯のようだった。そして、紙を見つめたり、横の人と話をしたりしていたが、決めかねているようだった。
しばらくすると、6年生の山下が、「火の玉コースに挑戦します」と言った。
「山下、いけそうか」
「大丈夫さ」
「わたしも、火の玉コースをやります」と、女子の1人が言った。
「それじゃ、谷田は、墓場コースだな」
「オレ、まだ決めていないよ」と、谷田は、少し慌てているように言った。
結局、「野狐コース」は、3人。「火の玉コース」は、2人。そして、「墓場コース」は、谷田一人だった。