田中君をさがして(14)

      2016/04/05

「一回ですむからさ」
「心配をかけないように、なるべく家の人に言わないようにしてくれないか」
ぼくは、とても悪いことをしているような気がしてきた。
ぼくが、いやなことを誘われ、しかも、家の人に言わないようにしろなどと言われたら、どんな気持ちがするだろうか。
ぼくは、みんなに嫌われる人間なんだと思うと、少し涙が出てきた。
パパには、みんな怖がって、だれも来なかったと言えばすむことなんだ。しばらくすれば、こんなことを言ったのも、「招待状」のことも忘れてくれるだろう・・・。
「わかった」と、田代が言った。
「塾も休むぜ」
「小林のためにがんばるよ」
ぼくは、緊張が切れて、返事がうまくできなかった。
ぼくらは、とんでもない企(たくら)みを終えたギャングのように、あたりを見回し、立ち上がった。そして、それぞれの方向へ分かれ、帰った。
その日、パパには、ママとのぞみがいないところで、3人の仲間が来てくれることを話した。
学校では、ぼくらは、普段通りに遊び、「あのこと」にはふれなかった。
ぼくが、「挙動不審」の表情をして、ママにさとられなかったのは、仲間の思いやりがあったためだと思う。
次の日曜日、パパとぼくは、2時40分に病院に行った。
3人が、早く来ておれば、通りを通る人にあやしまれるかもしれないと思ったからだ。
パパとぼくは、病院の中に入った。
パパは、前と同じように、玄関の横の窓から建物に入り、玄関の鍵をはずした。
その間(かん)、二人は、何も話さなかった。
それが終わると、急いで門のところへ行った。
午後3時になった。パパとぼくは、木の陰にいたが、人が、ゆっくり歩いてくる気配がしたので、3人が来たのがわかった。
ぼくらは、放課後、遊ぶときは、自転車に乗るが、今日は、まずいことになって、足手まといになると困ると考えたのだろう、歩いてきたようだ。
ぼくの予想通りだ。なんていいやつばかりだろう。
これがうまくいけば、パパも、前のように元気を取り戻してくれるだろうし、ぼくらも、今までと違った人間になる、つまり、大人へ近づくことができるのだと思うと、怖いことだけでなく、うれしいことでも、自分の中に、勇気がわいてくるように感じた。
門の前にいる3人に、「通りに、人がいないかい」と聞くと、びっくりして、門の中を見た。ぼくは、みんなに見えるように、門のほうへ行った。
みんな緊張しているような顔をしていた。
「もう来てたのか」と、田代が言った。
パパも、ぼくの横にいたが、少し会釈したが、何も言わなかった。そして、門を、音がしないようにして、少し開いた。
「さあ、中に入って」とぼくは言った。
パパは、3人が、するっと、中に入ると、門を閉め、「かんぬき」といわれる鍵をかけた。そして、早足で建物の玄関に行き、先に中に入り、ぼくらのために、あちこち破れたガラス戸を開けた。そのすばやさや手際よさは、まるで、テレビに出てくるホテルマンのようだった。

ぼくらは、そっと中へ入った。
3人は、中の様子を見て、息を呑むような表情をしていた。そりゃ、そうだろう、待合室のイスは、すべて蹴散らされ、自動販売機はひっくり返されている光景は、地獄へつづく入り口のようだった。
ぼくは、「すごいだろう?」と聞いた。
みんなは、顔を、その光に向けたまま、小さくうなずいた。
ぼくは、二回目だったので、パパの助手のように、「左側は、事務室だ」と言った。
前には、気づかなかったが、机の引き出しは、すべて引き出されて、床に散乱していた。
書類が多いので、足の踏み場がなかった。
パパは、「こんにちは」と、話をはじめた。
みんなも、我に帰ったように、「こんちには」とあいさつした。
ぼくは、パパに、ここへ来る3人の名前を言っていたし、3人も、よく家に来たことがあったので、パパにとっても、顔と名前は合わなくても、少しはなじみがあったので、最初から緊張しなくてすんだ。
「今日はありがとう。イスにすわろう」と、玄関の左側に、顔を向けた。
そこには、イスが、を5,6脚、丸く並べてあった。
パパは、あれから、また来ていたんだなと思った。
イスは、すわっても汚れないように、きれいに掃除されていた。
パパは、小さく咳払いしてから、「忙しいのに、よく来てくれたね」と言ったが、やはり緊張しているような話し方だった。
「悠太から、少し聞いていると思うけど、肝だめしというより、君たちが、成長するきっかけになるのではないかと思ってね」と続けた。
「なぜ、そう思ったかといえば・・」と、高橋病院のことを話した。
「おじさんは、高橋先生の家が壊されて、土煙が、もうもうと上がっているのを見ていると、自分の心も、ドンドン揺すられているような気がしたんだ」
3人は、あいまいにうなずいたようだったが、言葉にならなかった。

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