シーラじいさん見聞録
一つになった波は迷うことなく、ニンゲンに向ってきた。
オリオンはその気配を感じ、機体のボートを必至で引っぱった。
指揮官たちは、ようやく波に追いつき、その間に割ってはいった。
そして、左右に激しくぶつかっていった。5つ、6つに別れた波は止まり、そこで荒れくるう渦となった。戦いがはじまったのだ。
その後、渦から一つの波が抜けだし、ニンゲンがいる場所から反対のほうに進んだ。
指揮官が、敵をなるべくニンゲンから離そうとしたのだ。
そのとき、指揮官は、30頭はいる集団の指揮を取っているのは誰か見つけようとした。そいつを倒せば、他の者は動揺して混乱に陥るかもしれないからだ。
しかし、誰かが命令をしている様子はないのに、一つとなって動いている。
これは、ひじょうに鍛えられている軍隊かも知れない。しかし、なぜ軍隊が執拗にニンゲンを襲うのだ?
敵の一部は、指揮官たちに追いついた。また、激しい戦いがはじまった。
互いがぶつかりあい、あるいは、噛みつき海に引きずりこもうとした。そのうしろにも狙う者がいる。また、それから逃れるために、空高く飛びだす者もいる。
何十という渦が湧きあがり、激しくうねる。どちらが敵か見方か判然としない。逆にそれが好都合だと、指揮官は判断した。
敵は5,6倍いる。そして、こちらはほとんどの者が血を流しているようだ。このままでは無事に帰ることはできないだろう。
指揮官は、このピンチをどう切りぬけるべきか考えながら、敵に向っていった。やがて、敵の数が少し減ってきているような気がした。
敵の戦意がなくなってきたのかと思い、ジャンプして様子をうかがった。
すると、何筋かの波がどこかに向っていた。
それを見た指揮官は、「おい、シーラじいさんとオリオンがあぶない」と叫んだ。
改革委員会のメンバーと見回り人は、すぐさま指揮官を追った。
残された敵も追いかけはじめた。
少女が、「きゃー」という声を上げた。白人の老人とアジア系の男、黒人と白人の少年は、立ち上がって、少女が見ているほうを見た。
3つの波がこちらに向っていた。オリオンは、引っぱることをやめて、ボートの反対側に回り、そのまま波のほうへ急いだ。なんとか敵を食いとめなければならない。
しかし、三つの波は、オリオンをかいくぐってニンゲンに近づいた。
なんとか追いつき横からぶつかっていった。3人の敵は空に投げだされ、激しく海に叩きつけられた。その波は、ボートを揺らした。
少女は、「あっ」という声を出した。少年が海に落ちたのだ。黒人はあわてて手を差しのべて助けようとした。しかし、うまく体をつかまえることができない。
オリオンをかいくぐって、サメが少年に向ってきた。少年は、ボートに両手を置いていたが、このままでは背中に一撃を浴びる。
黒人は、海に飛びこんで、少年をかばった。サメは、黒人をおそいだした。
老人も棒のようなもので、サメを殴りつづけた。
オリオンは、2人と戦っていた。
シーラじいさんは、泣きさけんでいる少女に、「おじょうちゃん、もうすぐ助けが来るから」と声をかけてから、顔を引きつらせている白人の女性とアジア系の娘に、「サメが口をあけたら、何か放りこめ」と叫んだ。
2人は、我に返ったように立ち上がり、サメが黒人を襲おうと口を広げた寸前にカバンを投げた。
しかし、うまく口に入らず、もはやこれまでかとシーラじいさんが思った瞬間、耳をつんざく音とともに、体を支えることができないほど激しい風が吹きだした。
遠くに見えていたヘリコプターがようやくニンゲンを見つけたのだとシーラじいさんはわかった。敵は何事が起きたのかわからず、あわてて逃げていくのが見えた。
ヘリコプターは、さらに高度を下げ、すぐ上に巨大な機械の腹を見せていた。
他に2機のヘリコプターも近づいてきた。音はさらに大きくなり、体がつぶれるようだった。
シーラじいさんは、オリオンを探した。そばにいるのがわかったので、「大丈夫か」と叫んだが、聞こえないようで、ヘリコプターを見上げたままだった。
やがて、ヘリコプターは、空中で止まり、ニンゲンの体が出てきた。
そうじゃ、あのニンゲンは無事だったかと思い、ボートを見た。
少年は助けだされ、アジア系の男が抱いていた。しかし、黒人は、どうしたのじゃろ。敵に襲われた場所を探すと、黒人がいた。しかし、生きているようで、頭を水から出すのにもがいていた。
老人が棒を差しだしていたが、無理に助けだそうとすると、ボートが転覆する危険があった。
しかし、どこかケガでもしていたら、また厄介になるが。
オリオンは、シーラじいさんの心配を感じて、そこに行くしぐさを見せた。
しかし、シーラじいさんは止めた。ニンゲンを見つけた捜索隊は、今の戦いを見たはずじゃ。
上からは、敵も見方もわからない。いや、みんなでニンゲンを襲おうとしていると考えたかもしれない。
そうなれば、安全がわかるまで降りることができなくなり、黒人だけでなく、他のニンゲンの救出も遅くなるのだ。
わしらが離れていれば、救助隊は安心して、同じニンゲンを助けることができる。もちろん、あの黒人を最初に助けるじゃろ。
シーラじいさんは、言葉でない言葉をオリオンに送った。
オリオンはうなづいた。音と風はさらに激しくなっていった。
ニンゲンが、ヘリコプターから降りてきた。