シーラじいさん見聞録
彼らの姿が暗闇に消えると、シーラじいさんは、「わしらも急ごう」とオリオンに声をかけた。
オリオンは体のあちこち痛めていたが、初めての戦いを終えた興奮に包まれていた。
「シーラじいさん、うまくいきましたね」
「これで、ペリセウスたちが国を建てなおしてくれるといいのじゃがな」
「なぜ向こうのボスはぼくらと戦おうとしなかったのですか」
「よくわからんがわしらと和解するほうがいいと判断したのじゃろ。戦っていたらやっかいなことになっていたな」
二日ほどして、ようやく「海の中の海」がある山脈が見えるようになった。
「海の中の海」に入ることが許された者しか知らない道を進んでいると、「あっ、シーラじいさんとオリオンだ」という声が聞こえた。
それを聞いた者が次々と集ってきて、「お帰りなさい」、「ご無事で」と声をかけてきた。
シーラじいさんとオリオンはそれに答えながら、枝が覆いかぶさっている、第一の門に着いた。
すぐに衛視のサメが出てきて、口々に「お帰りなさい」という声をかけてきた。
そして、そこを通りすぎて、巨大なトンネルのような道を進むと、第二の門に着いた。
すでに、シーラじいさんとオリオンが帰ってきたという連絡があったようで、そこを守るウミヘビの集団がにぎやかな声で迎えてくれた。
「シーラじいさん、オリオン、みんな待っていましたよ」
「お二人のことは、ウミヘビのババアが報告してくれていましたが、顔を見るまで心配で」
「ウミヘビのババアは、オリオンがとても気に入っていますからね」
「オリオンの友だちにも名前をつけられたようでうらやましいって、みんなで言っていたんですよ」
歓迎するウミヘビの中を潜りぬけるようにして、「海の中の海」の中に入ると、改革委員会のスタッフが待ちかまえていた。
「ご無事で何よりでした」まずリーダーが挨拶をした。
他のスタッフも口々に帰ってきたことを喜んでくれた。
「心配をかけたが、少年の国を守ることはできたようじゃ。ところで、その後はどうかな」シーラじいさんは、自分が教えていることがどうなったか聞いた。
「星座のほうはどんどん進んでいます。みんな星を見ることに慣れてきました。
そして、名前部、分類部、分析部は、互いに連絡を取りあって、今までの仲裁を整理しています。
ただ、名前のほうがなかなかおっつかない状態でして、シーラじいさんのお帰りを待っているところでした」リーダーは、今までの状況を説明した。
「自分たちに名前をつけることが流行っているのんです」と、委員の一人が口を挟んだ。
「ほう、それはすばらしいじゃないか」
「わたしは、デネブと言います。誰より早く泳げるので、白鳥座で輝いている星から名づけました」
「わたしは、暴れまわりたいので、ぺガススという名前を選びました」
「わたしの場合は、体が大きいので、大熊座にあるミザールとつけられました。
最初はいやでしたが、北斗七星の一つなので気にいっています」
他の者も、ケンタウルスやアルタイルとつけていた。しかし、リーダーには名前がなかった。
シーラじいさんが尋ねると、今考えているところですということだったが、顔が少し曇ったように見えた。
その日は休み、翌日オリオンは訓練を受け、シーラじいさんは、改革委員会に行くことにした。
そこには、あちこちから集められた新聞や雑誌が山積みされていた。
ニュヨークタイムズ、ガーディアン、アサヒなど世界中の新聞があった。日付を見ると、1944年というのもあった。どこからこんなものを見つけてきたのだろうか。水に使っていれば無理なので、どこかの島でもあったのを持ってきたのか。
また、本も、聖書や「カラマーゾフの兄弟」の英語版、政治の本、環境の本があった。
シーラじいさんは、これらすべて理解はできないが、できるだけやってみようと言った。
そして、リーダーに聞いた。
「一つ気がかりなことがあるが、『海の中の海』にいる者が少なくなった気がするが、どんなものじゃ」
その場が凍りついたようになった。誰も言葉を発しなかった。
ようやくリーダーが口を開いた。
「私たちが進めている改革を快く思わない者がいたことはご存知のとおりです。
シーラじいさんが留守の間、反対派と毎日話し合いをもちました。
私たちは、世界の変化に応じて我々も変らなければならないと主張したのですが、反対派は、どこにも変化など見いだせない。もしそうであっても、いや、そうだからこそ、我々は変ってはいけないのだという考えで、平行線を埋めることはできませんでした。
名前をつけることも気に食わないようで、ここを出て行く者が続きました。
それは、見回り人だけでなく、書記や仲裁人まで及びました」
リーダーは、そこまで言うと黙った。しかし、胸にたまっていたものを全部吐きだした思いが顔にあらわれていた。
「やはりそうだったか」
「わたしたちの考えに共鳴してくれていた長老の中にも、もう少し方法がなかったかと言う者もいましたが、大体の長老は、わたしたちの後押しをしてくれています。
シーラじいさんが帰ってきていただいたので、もう安心です」そこ言うと、リーダーの顔はぱっと明るくなった。
そのとき、第一の門の衛視が急いできた。そして、「ボスが来ます」と叫んだ。