シーラじいさん見聞録

   

オリオンは、4,5日うつらうつらしていた。
起きているときは、体を動かし、何かを探しているかのようにするので、シーラじいさんは、どこにも行かずオリオンのそばにずっといた。
「オリオン、わしはおるぞ」と声をかけると、安心したように眠った。
ときおり「ぼくどうしたんですか」と聞くこともあった。
詳しいことはまだ話さないようにしていた。オリオンを巻きこんで事件を詳しく説明するのは、快復に向かっているオリオンに悪い影響があるように思われたからだ。
「どうやら船が何にぶつかって、おまえも、空に放りだされたようじゃ。
でも、ここにいるみんなが助けてくれたんで、おまえは無事だった」
「シーラじいさんは、大丈夫だったんですか」
「ああ。おまえが苦しめたのにな」
「ここはどこですか」
「病院のようなところじゃな」
イルカの医者がオリオンを診て、そろそろリハビリをしようと提案した。
それで、4,5人の者が手助けをして、病院の区画からリハビリの区画に移動した。
最初は、泳ごうとしても、体がふらふらして、前に進めなかった。
日が立つにつれて、どんどん快復をした。やがて、以前のようなスピードで泳げるようになった。
しかし、5,6メートル近く飛べていたジャンプはできなかった。
オリオンは、すっかり元気をなくした。
医者は、「筋肉が落ちているだけだから、そうあわてることはない。
今は、のんびり泳げばいい。時間が立てば以前のようにジャンプすることができるのだから」と励ました。
「ただ、内臓に不具合があるかもしれないので、あまり無理をしないほうがいい」とつけくわえた。
ときおり、オリオンは、「シーラじいさん、もうぼくはだめです」などと弱音を吐くことがった。
「オリオン、大丈夫だ。みんなへの恩返しは、おまえが元気に生きていることなんじゃ」と励ました。
ある日、リハビリ区画の側を何十匹という魚が固まってゆっくり進んでいるのが見えた。
「あれは何だろう」
ちょうどオリオンの状態を見に来ている秘書に尋ねた。
「あれは、治療の甲斐なく亡くなってしまった者の葬儀です。
かわいそうなことをしました。あの兵士は、仲裁を邪魔する者に殺されたのです。
当事者に仲裁案を説明しているときに、それに不満を持つ一団が、代理人たちを背後から襲ってきたのです。
この兵士は、そのとき、代理人としての仕事をしていたのですが、追いつめられていた仲間を助けようとして、敵の間に突進いていきました。しかし、勢いあまって、岩に激しく体を打ちつけました。
意識が朦朧としていたので、敵の攻撃から逃れられませんでした。
ここに運ばれてきたときは、死亡と判断した医者もいたのですが、わずかに心臓が動いていたため、今日まで治療が行われていました。
あの状態で、3ヶ月もがんばったものです」
秘書の声は震えていた。そして、葬列をじっと見ていた。葬列のまわりにも、大勢の魚が集まっていた。
勇敢な兵士の最後を見届けようと集まってきたのであろう。どこからか小さな嗚咽が聞えた。
葬列の中にいる勇敢な兵士は、じっとしていた。仲間が、下から支えているのだろうか。サメやシャチではなく、マグロのようだった。しかも、かなり大きい。3メートルはありそうだ。
「どこで、葬儀が行われるのじゃ」
シーラじいさんは、秘書の感情がおさまったのを見て聞いた。
「この海の外に出ます。そこで、最後のお別れをします。そして、外界の海の底に向かいます」
「それじゃ?」
「そうです。別の生命として永遠に生きます」
その葬儀を見てから、オリオンは、泣き言も言わず、毎日リハビリを続けた。
まだ以前の高さまでジャンプすることはできなかったが、敏捷性は戻ったようだ。
この後、ここの兵士になるのか、あるいは、ここを出て、家族を探すたびに出るのかは、オリオンが決めることだ。たとえ災厄からみんなを助ける者として期待されていようともだ。シーラじいさんは、そう思った。
だから、そんなうわさがあることは、オリオンに言わなかった。
あるとき、シーラじいさんは、また秘書に、気がかりなことを聞いた。
「みんなのお陰で、オリオンは元気になった。
ところで、献身的な看病をしてくれた、あの巨大なタコにお礼を言いたいのだが、わしを連れていってくださらぬか」
「生憎ですが、今は外界のどこかで、のんびりしていると思います。
治療や争いごとで必要なときは、気配を感じてやってくるのです。そのとき紹介します」
そのとき、突然、海が大きく揺れだした。

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